アルバムレビュー:Katy Lied by Steely Dan

※本記事は生成AIを活用して作成されています。

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発売日: 1975年3月
ジャンル: ポップ・ロック、ジャズ・ロック


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2. 概要

『Katy Lied』は、アメリカのロック・バンド Steely Dan が1975年に発表した4枚目のスタジオ・アルバムである。
前作『Pretzel Logic』までツアーもこなす「バンド」として活動していた彼らだが、本作以降はライヴをやめ、スタジオ作業に専念する道を選ぶ。
その最初の成果が、この『Katy Lied』なのだ。ウィキペディア

制作は1974年11月から翌年1月にかけて、ロサンゼルスのABCスタジオで行われた。
ギタリストのJeff “Skunk” BaxterとドラマーのJim Hodderが脱退し、代わって若きJeff Porcaroや、のちにDoobie Brothersで知られるMichael McDonaldらが参加。
固定メンバーのバンドという枠組みから離れ、Becker & Fagenを中心に優れたスタジオ・ミュージシャンを集める「プロジェクト型バンド」へと舵を切った転換点でもある。ウィキペディア

サウンド面では、ポップ・ロックを土台にジャズ・ロック、ソフト・ロックの要素が混ざり合う。
Countdown to Ecstasy』で押し出されていたジャズ・ロック的な長尺アンサンブルと、『Pretzel Logic』のコンパクトなポップ・ソング志向を融合させたような作りで、全10曲がおおむね3〜4分に収まる構造になっている。
その分、メロディやコード、リズムの「一音一音」に、Steely Danらしいアイデアが凝縮されているのが特徴である。ウィキペディア+1

同時に、本作は“音質トラブルのアルバム”としても知られている。
当時導入されたばかりのdbxノイズリダクション・システムの不具合により、ミックスを再生したところ音像が「鈍く、生命力に欠ける」状態になってしまったという。
最終的にはメーカー側の協力である程度修復されたものの、BeckerとFagen自身は出来に満足せず、「完成後のアルバムを聴こうとしなかった」と語られている。ウィキペディア+2sdarchive.com+2

それでも『Katy Lied』は、全米アルバム・チャートで13位を記録し、ゴールド・ディスクに認定されるなど一定の成功を収めた。
リード・シングル「Black Friday」は全米シングル・チャートで37位まで上昇し、アルバムからは「Bad Sneakers」もシングル・カットされている。
商業的には“超大ヒット”とは言えないが、堅実なセールスと強い支持を得た作品と言えるだろう。ウィキペディア

歌詞の世界観は、相変わらず都会の脱落者、詐欺師、依存症、医者と患者の不穏な関係など、光と影が入り混じる“フィルム・ノワール的”なテーマで満ちている。
アルバム・タイトルは「Doctor Wu」の一節 “Katy lies / You can see it in her eyes” から取られており、ジャケットには鳴く虫のkatydid(キリギリスの一種)がアップで写される。
言葉遊びのような軽さと、どこか不吉な響きが同居している点に、Steely Danらしい美学が垣間見えるのだ。ウィキペディア+1


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3. 全曲レビュー

1曲目:Black Friday

アルバムの幕開けを飾るのは、勢いのあるギター・リフとピアノが牽引するロック・チューン「Black Friday」である。
リズムはタイトで、Jeff Porcaroの手数を抑えたドラミングと、Walter Beckerのギター・ソロが曲全体を鋭く締め上げる。ウィキペディア+1

歌詞では、株や投機で儲けた投機家が市場崩壊とともに姿を消し、オーストラリアのMuswellbrookへ逃亡する物語が語られる。
資本主義の終わりを前に「一抜け」してしまう狡猾な人物像が描かれ、景気や市場への不信感がユーモラスに、しかしシニカルに表現されている。
景気後退の暗雲と、ひとり勝ちして逃げる人間の醜さ――Steely Danらしいブラックな視点のロック・ナンバーなのだ。ウィキペディア

2曲目:Bad Sneakers

「Bad Sneakers」は、ピアノとギターが柔らかく絡むミディアム・テンポのポップ・ナンバーである。
Michael McDonaldによる豊かなコーラスが後ろから支え、コード進行にはジャズのテンションがさりげなく織り込まれている。ウィキペディア+1

歌詞は、都会生活への倦怠と、どこかに置き去りにしてきた“別の人生”への郷愁をにじませる内容と読むことができる。
擦り切れたスニーカーという質素なモチーフの裏に、ステータスや成功とは別の場所にある幸福を探す視線が隠れているようにも思える。
華やかな西海岸シーンの真ん中で、あえてくたびれた日常を歌うことで、曲に独特の哀感が生まれているのである。

3曲目:Rose Darling

「Rose Darling」は3分弱でさっと駆け抜けるポップ・チューンで、アルバムの中でも比較的軽やかな印象の一曲である。
Dean Parksのギターやキーボードの装飾が、短い尺の中に厚みを与えている。ウィキペディア

歌詞では、表面的には甘いラブソングのようでありながら、権力関係や操作のニュアンスが混ざり合う。
相手にしがみつくのではなく、相手を自分の目的のために利用しようとする視線も読み取れ、単純な“恋の歌”に落ち着かないのがSteely Danらしい。
整ったメロディと、ひねくれた感情のギャップが、短いながらも後を引く楽曲である。

4曲目:Daddy Don’t Live in that New York City No More

「Daddy Don’t Live in that New York City No More」は、ファンキーなグルーヴと、どこかカントリー・ソウルを思わせる雰囲気を持つ曲である。
ここではLarry Carltonが初めてSteely Dan作品に参加し、節度のあるギター・フレーズで楽曲を彩っている。ウィキペディア+1

歌詞に登場する“Daddy”は、ニューヨークでやりたい放題生きていた男とも、犯罪やドラッグに手を染めた人物とも解釈できる。
彼が“もうニューヨークには住んでいない”というラインは、単なる引っ越しというより、街から追放されたかのようなニュアンスを帯びる。
都市の裏側で生きる人々の姿を、どこか他人事のように、しかし冷静にスケッチした一曲なのだ。

5曲目:Doctor Wu

「Doctor Wu」は、本作の中でも特に評価の高い楽曲である。
ピアノを中心にしたアレンジの中で、Phil Woodsのアルト・サックスが噛みしめるようなソロを吹き、静かな高揚感を生み出している。ウィキペディア

タイトルに登場する“Doctor Wu”は、薬物依存や精神的な崩壊を象徴する人物として解釈されてきた。
患者と医者、恋人と依存対象、その境界が曖昧になった危うい関係が、断片的なイメージで綴られていく。
“Katy lies”というフレーズが示すように、信頼していた相手の裏切りや自己欺瞞も大きなテーマであり、アルバム・タイトルとも密接につながる重要な一曲である。ウィキペディア+1

6曲目:Everyone’s Gone to the Movies

後半の幕開け「Everyone’s Gone to the Movies」は、一聴すると陽気なラテン調〜カリビアン風のリズムが心地よい曲である。
パーカッションやヴィブラフォンが柔らかく響き、コーラスもどこか楽しげに聞こえる。ウィキペディア

しかし歌詞を読み解くと、近所の大人が子どもたちを集めて“映画”を見せるという、ぞっとするようなシチュエーションが浮かび上がる。
8ミリ映画や家庭用フィルムといった当時のメディアを連想させつつ、その内容は暗に性的なもの、あるいは児童搾取を思わせるニュアンスを持つ。
明るいサウンドと不穏なテーマのギャップが、Steely Danのブラックユーモアをもっとも端的に示す楽曲のひとつと言えるだろう。

7曲目:Your Gold Teeth II

「Your Gold Teeth II」は、前作『Countdown to Ecstasy』に収録されていた「Your Gold Teeth」の続編的な位置づけの曲である。
前作が長尺のジャズ・ロック寄りアプローチだったのに対し、こちらは4分少々に引き締められたコンパクトな構成になっている。ウィキペディア+2wiki-lied.fandom.com+2

歌詞には、ギャンブル、運、不確実性といったモチーフが再び現れる。
“金の歯”は、魅惑的でありながら信用できない人物像や、容易には手に入らない報酬のメタファーとして機能しているように読める。
ジャズ寄りのコードと、硬質なリズム・セクション、そこに絡むギター・ソロが、知的で少し冷ややかなグルーヴを生み出している。

8曲目:Chain Lightning

「Chain Lightning」は、ブルース/スワンプ色の濃いミディアム・テンポのナンバーである。
Rick Derringerのギター・ソロがうねるように展開し、ビートはゆったりとしながらも重心が低く、湿度の高い雰囲気をまとっている。ウィキペディア+1

歌詞については、アメリカ南部の政治集会や人種差別的な集会を想起させるイメージと、後年になってから振り返る語り手の視線が交錯していると解釈されてきた。
若い頃にはただ“面白い見世物”のように見えていた光景が、時間が経つにつれてどれほど不気味なものだったか理解されていく。
骨太なブルース・ロックのスタイルの中に、歴史や記憶に対する苦い省察が織り込まれた一曲である。

9曲目:Any World (That I’m Welcome To)

「Any World (That I’m Welcome To)」は、Hal Blaineがドラムを叩く唯一の曲であり、穏やかなミドル・テンポのバラードである。
メロディは柔らかく、キーボードとギターが控えめに支えながら、Fagenのヴォーカルが“どこか別の世界”への憧れを静かに歌う。ウィキペディア

歌詞の語り手は、今いる場所では歓迎されていないと感じており、「自分を受け入れてくれるなら、どんな世界でも構わない」と願う。
移住や逃避行というよりも、居場所を見つけられない人間の普遍的な感情が投影されているようにも思える。
アルバム終盤に置かれたことで、これまで描かれてきた脱落者たちの物語が、少しだけパーソナルな祈りの形に集約されていくような印象を与える。

10曲目:Throw Back the Little Ones

ラストを飾る「Throw Back the Little Ones」は、ジャズ的な転調と、やや不穏なコード進行が特徴的な曲である。
Elliott Randallのギターとホーン・アレンジが絡み合い、どこかサスペンス映画のエンディングのような緊張感を作り出している。ウィキペディア

タイトルの“Throw Back the Little Ones”(小さい魚は投げ返せ)というフレーズは、ビジネスや人間関係における“選別”のメタファーとして読むことができる。
価値が低いと判断したものは容赦なく切り捨て、より大きな利益だけを追い求める冷酷さが、穏やかな皮肉を交えて描かれる。
物語としては派手なクライマックスを持たないが、そのぶんアルバム全体のテーマ――功利主義的な社会の冷たさ――をじわりと浮かび上がらせるエンディングになっている。


4. 総評

『Katy Lied』は、Steely Danのキャリアにおいて「バンドからスタジオ・プロジェクトへ」の移行を象徴する作品である。
まだロック・バンド的なグルーヴとジャムの余韻を残しつつ、プレイヤーを入れ替えながら、曲ごとに最適なサウンドを追求するスタジオ主義が本格化している。
Jeff Porcaroの精密なドラミング、Larry Carltonの初参加、Michael McDonaldのバック・コーラスなど、のちの西海岸サウンド/AORを語るうえでも重要なピースが、この一枚に集約されているのだ。ウィキペディア+1

音楽的には、『Countdown to Ecstasy』『Pretzel Logic』と並んで、いわば“初期Steely Dan三部作”の完結編として語られることが多い。
複雑なジャズ和声をロック・バンドのフォーマットに落とし込んでいた『Countdown to Ecstasy』、コンパクトなポップ・ソングへと収斂した『Pretzel Logic』。
その二つのベクトルを統合し、全曲シングル候補と言ってよいほどの密度でまとめ上げたのが『Katy Lied』なのである。ウィキペディア+1

ただし、本作の評価を語る際に避けて通れないのが、前述のdbxノイズリダクション問題である。
BeckerとFagenが「音質に満足していない」と公言したこともあり、ファンやオーディオ・マニアの間では“名曲揃いだが音がくすんでいるアルバム”というイメージも根強い。
一方で、そのややマットな質感こそが『Katy Lied』特有のムードを生み、前後作とは異なる陰影を与えているという見方もある。forums.stevehoffman.tv+3ウィキペディア+3sdarchive.com+3

同時代の作品と比較すると、その独自性はさらに際立つ。
例えば、同じ西海岸の文脈にあるEaglesやFleetwood Macが、よりストレートなロック/ポップのフォーマットで感情を歌い上げていたのに対し、Steely Danは情感を直接的に表現しない。
代わりに、冷静な観察者の立場から、詐欺師、依存症患者、郊外の変質者、疲れ切ったビジネスマンといった人物たちを描き、ジャズ・ロックの洗練されたサウンドで包み込む。
それは、同時期のシンガー・ソングライター的な“内省”とも、ハードロック的な“爆発”とも異なる、第三のロック表現であったと言える。

特に歌詞世界は、“ロサンゼルスという都市の裏側を巡るフィルム・ノワール的ツアー”とも形容されてきた。
『Katy Lied』に登場する多くの人物は、どこかで道を踏み外し、しかし自分の失敗や欲望を認めきれないまま日常を続けている。
その姿を、説教でも同情でもなく、淡々と描き出す視線こそがSteely Danの真骨頂であり、現在のリスナーにとってもなおリアルに響く部分なのだろう。ウィキペディア+1

また、技術的にも『Katy Lied』は、24トラック録音やノイズリダクションといった当時の最先端技術がロック・アルバムに導入されていく過程を示す記録でもある。
技術の暴走が音の劣化を生み、そのリカバリーに奔走する――という裏側は、“スタジオ完璧主義”で知られるSteely Danのイメージと重ね合わせると、かなりドラマティックである。
その後『Aja』『Gaucho』へと続く“究極のスタジオ・サウンド追求”の前段階として、本作の試行錯誤は重要な意味を持っている。

現在、『Katy Lied』は初期の代表作『Pretzel Logic』や後期の傑作『Aja』に比べ、やや地味な位置づけをされることもある。
しかし、すべての曲が3〜4分という制約の中で、これほど多様な人物像と都市の風景を描き切ったアルバムはそう多くない。
メロディ、コード、リズム、歌詞――そのすべてをミクロな単位で組み合わせ、ロック・アルバムとしても、ポップ・ソング集としても高度に完成された一枚として、今こそじっくり味わう価値がある作品なのだ。Of Buckley and Beatles+2ProgArchives+2


5. おすすめアルバム(5枚)

  1. Pretzel Logic / Steely Dan
    『Katy Lied』直前のアルバム。
    コンパクトなソングライティングとジャズ的な和声のバランスという意味で、最も近い関係にある作品であり、両作を続けて聴くことでSteely Danの進化が見えてくる。
  2. The Royal Scam / Steely Dan
    『Katy Lied』の次作。
    よりダークでギラついたサウンドと、都市の裏側を描くシニカルな歌詞が一層先鋭化しており、『Katy Lied』で見えたモチーフの“ハードボイルド版”として楽しめる。
  3. Aja / Steely Dan
    1977年作の代表作。
    スタジオ・ミュージシャンを極限まで駆使した、滑らかで高精度なサウンドが特徴で、『Katy Lied』で模索されていたスタジオ主義が、ここで一つの完成形に達したと言える。
  4. The Nightfly / Donald Fagen
    Steely Danの中心人物Donald Fagenによるソロ・アルバム。
    1950年代アメリカ文化へのノスタルジーと、洗練されたサウンド・デザインが融合し、『Katy Lied』のシニカルさを少し柔らかく、パーソナルにしたような世界観が味わえる。
  5. Silk Degrees / Boz Scaggs
    同じく西海岸のスタジオ・プレイヤーが多数参加したAOR名盤。
    洗練されたグルーヴ、滑らかなヴォーカル、都会的な哀愁という点で、Steely Danの作品と地続きの空気を持ち、両者を聴き比べることで70年代中盤の“ラグジュアリーなポップ”の輪郭が浮かび上がる。

6. 制作の裏側

『Katy Lied』の制作は、Steely Danにとって大きな転換期と重なっていた。
ライヴ活動をやめ、スタジオに専念する決断を下したことで、バンドはメンバー固定の形を離れ、楽曲ごとに最適なミュージシャンを呼び寄せる方式へとシフトしていく。
この時期から、Jeff PorcaroやMichael McDonald、Larry Carltonといった名うてのプレイヤーたちが本格的に関わりはじめ、のちのSteely Dan像を形作る“スタジオ・チーム”が整っていった。ウィキペディア+1

録音はロサンゼルスのABCスタジオで行われたが、そこで導入されていたのが、当時まだ新しかったdbxノイズリダクション・システムである。
通常のDolbyとは異なる方式だったこともあり、ミックスを再生した時点でうまくデコードされず、音が“曇った”状態になってしまった。
制作陣は原因究明と修復に奔走し、アルバム全曲を何度もミックスし直す羽目になったと証言されている。sdarchive.com+1

最終的にはdbxのエンジニアの協力によりある程度の修正が施されたものの、BeckerとFagenはこの経験に大きな不満を抱き、完成盤の音質に納得できないままだったと言われる。
結果として、『Katy Lied』は“素晴らしい曲が揃っているのに録音が完璧ではないアルバム”として、彼らにとって少し複雑な位置づけになってしまった。
しかし、ファンや一部の批評家にとっては、そのわずかな粗さや曇りが、他のSteely Dan作品にはない“生身の質感”を与えている、という逆説的な評価も生まれている。trackingangle.com+2Of Buckley and Beatles+2

近年では、ハイエンドなアナログ再発やUHQR(Ultra High Quality Record)によるリマスター盤が登場し、録音面の課題を可能な限り克服した音源もリスナーに届きはじめている。
これにより、『Katy Lied』は「名曲揃いだが音が惜しいアルバム」から、「独特のサウンド・テクスチャーを持つ名盤」へと、聴かれ方が少しずつ変化しつつあると言えるだろう。ウィキペディア+2trackingangle.com+2


8. ファンや評論家の反応

リリース当時、『Katy Lied』は批評家から概ね好意的な評価を受けつつも、どこか“期待値の高さゆえの戸惑い”を伴った作品として受け止められた。
Robert Christgauは「これまでで最も“ビッグ”なSteely Danのアルバム」としながらも、ギター・スタイルの変化などから若干の物足りなさを指摘している。
それでも彼は本作を頻繁に聴き返し、その年のベスト・アルバム投票で上位に推している。ウィキペディア

一方、Rolling Stone誌のJohn Mendelsohnは、音楽的知性や演奏の巧みさを認めつつも、「感情的な訴求力が希薄」であると批判的なレビューを残している。
この「冷たく知的だが、感情移入しにくい」という評価は、Steely Danに対する典型的な反応でもあり、本作に対する当時の捉え方を象徴していると言える。ウィキペディア

しかし、時間の経過とともに評価は上昇していく。
AllMusicは本作を「『Pretzel Logic』のスムーズな発展形」であり、初期Steely Danの中でも特に優れた一枚だと評し、ジャズ・ロックの名盤として位置づけている。
Pitchforkも2010年代の再評価企画で本作を高く評価し、その緻密なソングライティングとアルバム全体の統一感を称賛している。ウィキペディア+2AllMusic+2

ファン・コミュニティの間では、音質問題をめぐる議論が絶えない一方で、「楽曲の質だけで言えばSteely Danで一番好き」という声も多い。
とりわけ「Doctor Wu」「Bad Sneakers」「Any World (That I’m Welcome To)」などは、熱狂的な支持を集める“通好みの名曲”として語られることが多い。
「Katy Liedこそが真の代表作だ」と主張するファンも少なくなく、まさに“知る人ぞ知る名盤”として愛され続けているのだ。Album of the Year+3Medium+3Reddit+3


参考文献

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