イントロダクション
スマートフォンのタイムラインをスクロールしていると、突然現れる熱狂の渦。
ダンスホール、UKガラージ、バイリ・ファンキ、ジャングルがシームレスに折り重なり、観客は歓声とともに手を空へ伸ばす。
現場を掌握するのは JYOTY(ジョティ)――南アジア系イギリス人 DJ/ラジオホストである。
2019 年、Boiler Room ロンドンでの鮮烈なデビューセットがバイラルとなり、コロナ禍の配信黄金期を経て「BBC Radio 1 Essential Mix」史上でも屈指の多文化ミックスを披露。
現在はロンドンとアムステルダムを行き来しながら、週末ごとに世界のフロアを熱くしている。
バックグラウンドと歴史
JYOTY Singh はロンドン北部で生まれ、パンジャービ系コミュニティと UK アフロ・カリビアン文化が交錯する環境で育った。
大学時代はクラブのドアガールとして夜ごと現場に立ち、フィメール DJ 不在のアンダーグラウンドに疑問を抱く。
「客と同じ目線で踊れる選曲」をモットーに自宅でミックスを磨き、2017 年、Rinse FM の新人オーディションに合格。
“Your Real‑Life Music Filter” と銘打った2時間番組は、UKG、ブロークンビート、ダンスホール、R&B を横断し、木曜午後のロンドンをカリブの熱気で包んだ。
2019 年 8 月、Boiler Room ロンドンのカーニバル・ウォームアップで遂にフロアーデビュー。
レゲトンからディープ・アマピアーノへの急旋回で観客を沸騰させると、その映像は TikTok や Instagram で爆発的に拡散。
2023 年 4 月、BBC Radio 1「Essential Mix」に抜擢され、ベイル・ファンキからハードドラム、ジャングル、アフロ・ハウスへ至る 120 分を“踊りながらのロードムービー”に仕立てた。
2024 年には Dekmantel(アムステルダム)と Sonar(バルセロナ)でゴールデンタイムのステージを任され、翌 2025 年は南米ツアーを皮切りに 32 都市を巡るワールドツアー「Global Heat」を発表している。
音楽スタイルと影響
JYOTY の選曲は BPM 90〜170 を自在に往復しながら、リディムに一貫した“温度”を宿す。
低音域は UK ガラージのぶ厚いベースラインで床を震わせ、中域ではダンスホールのスネアが後ろノリを生む。
高域にはインド古典の鈴やバラナティヤム的クラップが時折顔を出し、出自と現代クラブの座標をリンクさせる。
影響源は Mixmag のインタビューで明言している。
The Heatwave や Todd Edwards の UKG スタイル、DJ Riton の編集感覚、さらには Missy Elliott の“リズムをずらして躍らせる”作曲術。
自宅ではディルジット・ドーサンジ(パンジャービ・ポップ)や Sizzla(ジャマイカン・ダンスホール)を並列で聴き込み、マッシュアップ可能な BPM レンジを頭に叩き込むという。
代表的ミックス/セット
Boiler Room London Set (2019)
カーニバル前夜という高揚感の中、ファンキー・ハウスからアフロビートへスムーズに滑り込み、終盤はソカとドラムンベースをクロスフェード。
映像後半で流れるパンジャービ MC のシャウトは友人の即興ボイスメモをその場でループしたものだ。
Essential Mix (2023‑04‑22)
パーカッシヴ・ジャングルから幕を開け、ハーフタイムでクンビアへブレイク。
折返し地点では日本のゲーム音楽サンプルを挟み、Jersey Club のフィルで一気に心拍数を上げる構成。
2時間を「飛行経路」に見立て、機内アナウンス風の自己ボイスをインタールードに配した。
Dekmantel Amsterdam Stage (2024)
サンセットタイムを担当し、ハウキーな Amapiano で徐々に温度を上げたのち、陽が沈む瞬間にブラジリアン・ファヴェーラ・ファンクへ切り替え。
観客のコール&レスポンスがトラックの一部として機能し、ライブと DJ の境界を溶かした。
レジデンシーとコミュニティ
- Rinse FM 木曜 15‑17 時枠
「Beats & Love」と題し、新譜紹介だけでなくリスナーからの音声メッセージをリアルタイムでサンプリングし、番組内で再構築。 - Amsterdam via London Party Series
アムステルダムとロンドンを交互に開催する DIY イベント。
ブロークンビートや UKG の若手をブッキングし、ロンドン・ディアスポラとオランダのグローバルベース・シーンを橋渡しする。 - オンライン DJ ワークショップ「Filter Lab」
女性・ノンバイナリー DJ 志望者向けに、選曲の組み立て方やラジオプレゼンのコツを指導。
受講生の中から Rinse FM デビューを果たした新人も出ている。
影響を受けたアーティストと音楽
・The Heatwave/Todd Edwards――UKG とカリブ系リズムの接合点
・Diplo/Major Lazer――ジャンル越境のミックスメソッド
・Missy Elliott――ボイスサンプルの大胆な配置
・パンジャービ民謡歌手 Gurdaas Maan――母語のメロディラインと重低音の融合ヒント
影響を与えたシーンとアーティスト
JYOTY の成功以降、ロンドンでは South Asian Heritage セレブレイトを掲げるクラブナイトが急増。
アムステルダムのブロークンビート若手 DJ、KLK などが彼女のミックス構成を参考に「ハイブリッド・エコー」シリーズを開始し、バルセロナやベルリンでも南アジア系アーティストのフィーチャーが常態化した。
BBC Radio 1 Dance 部門は 2024 年に「Global Clubwave」枠を新設し、そのキュレーターに JYOTY を起用。
彼女の多文化プレイは若手リスナーが“国境なき BPM”を当たり前と捉える素地をつくっている。
オリジナル要素
- “リアルタイム・サンプリング MC”
観客のスマホ音声メッセージを受信し、その場でエフェクト処理してドロップへ挿入。 - アクセント・ハーモニクス
南アジア打楽器のシャーン(高音)サンプルをフェーダーカットでリズムアクセントに使用し、フロアのテンションを一瞬で引き寄せる技法。 - マルチリンガル・ステージング
英語とパンジャービ語の MC を曲間で切り替え、地元リスナーとディアスポラ双方の帰属感を高める。
まとめ
JYOTY は単なる選曲家ではなく、フロアに集う多様なルーツを“踊りながら交わらせる”キュレーターである。
彼女のミックスは、ロンドンの曇り空とアムステルダムの運河、キングストンの盛夏、ムンバイの喧騒を同じ BPM で同期させる。
その躍動は、グローバル化が進むクラブミュージックを「融合の祝祭」として肯定し、リスナーの身体に新たな世界地図を刻む。
夜が更け、次のビートが立ち上がるとき、JYOTY の指先はきっと新しい海路を指し示している。
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