
1. 歌詞の概要
「Watching the Wheels(ウォッチング・ザ・ホイールズ)」は、ジョン・レノンが1980年にリリースしたアルバム『Double Fantasy』に収録された楽曲であり、自身の「表舞台からの引退」と「家庭人としての生活」への選択を正直に、穏やかに綴った自己宣言的な作品である。
この曲は、ビートルズ解散後もソロ活動を続けていたジョンが、1975年に息子ショーンの誕生をきっかけに音楽活動を一時休止し、ニューヨークで主夫としての日々を送っていた時期の心情を描いている。世間からは「なぜ音楽をやめたのか?」「何をしているのか?」と不思議がられ、批判も受けていたが、ジョンはそれに対して**「ただ“車輪を見ている”だけ。もう慌ただしく走る必要はない」**と静かに語り返す。
曲全体を通じて流れるのは、達観と穏やかな自信、そして周囲の期待に流されない自己決定の尊さである。「Imagine」のように理想を夢見たり、「Jealous Guy」のように後悔に満ちたりするのではなく、「Watching the Wheels」では自分の選んだ生き方を静かに肯定する境地が描かれている。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Watching the Wheels」は、1980年にリリースされたアルバム『Double Fantasy』に収録された曲で、レノンが5年の沈黙を破って音楽の世界に復帰した直後に発表された。
この楽曲はまさに、その“沈黙の5年間”をテーマにした自己語りの歌である。
1975年以降、レノンは表立った活動をやめ、マンハッタンのダコタ・ハウスで家庭生活を送りながら、育児や料理、読書、散歩に没頭していた。その生活は、ロック界やマスメディアからは「隠遁」「放棄」「奇妙な選択」と見なされることが多かった。
この曲は、そうした世間の反応に対して、反論ではなく“微笑みながらの説明”という形で返されたレノン流の返歌である。
この楽曲は1981年、ジョン・レノンが暗殺された直後にシングルとしてリリースされ、追悼の意味も重なって全米チャートで大ヒットを記録。彼の死を悼む多くのファンにとって、「Watching the Wheels」は、最後に贈られたメッセージのように響いた。
3. 歌詞の抜粋と和訳
引用元:Genius Lyrics – John Lennon “Watching the Wheels”
People say I’m crazy
Doing what I’m doing
僕がしていることを見て
人は“気がふれた”って言うんだ
Well, they give me all kinds of warnings
To save me from ruin
“そんなことをしていたらダメになる”って
いろんな忠告をしてくる
冒頭から、ジョンが音楽を離れた選択に対しての周囲からの声や圧力が描かれている。その上で、それを笑い飛ばすような余裕と達観が続く。
I tell them there’s no hurry
I’m just sitting here doing time
僕は答えるんだ
「急ぐ必要なんてない
ただここに座って、時間と共にいるだけさ」
この一節には、人生のリズムを自分で決めるという強い意志が感じられる。時間を“過ごす”のではなく、“ともにいる”という静かな表現が、内省的で哲学的だ。
I’m just sitting here watching the wheels go round and round
I really love to watch them roll
僕はただここに座って
回り続ける車輪を見ている
それを見ているのが本当に好きなんだ
ここが曲の核心であり、タイトルそのもの。「車輪」は世界や社会、時間や人生の象徴であり、それを「走らせる側」ではなく「観察する側」に回ったレノンの心境がそのまま表現されている。
No longer riding on the merry-go-round
I just had to let it go
もうメリーゴーランドには乗らない
手放したんだよ、それをね
メリーゴーランドは、忙しく回り続ける人生、名声、欲望の象徴。ジョンはそこから自ら降りたことで、本当の自由を手に入れたと語っている。
4. 歌詞の考察
「Watching the Wheels」は、ジョン・レノンの人生哲学が凝縮された**“静かな自己肯定の歌”**である。この曲では怒りや悲しみ、愛の激しさではなく、静かに自分の選択を誇る成熟した視点が描かれている。
注目すべきは、この曲が誰かを攻撃しないこと。周囲の批判も忠告も、“そういう人たちがいる”として受け入れながら、自分は自分の道を行く。断絶ではなく、共存を前提とした個人の選択という姿勢が非常にレノンらしい。
また、曲中の“wheels(車輪)”や“merry-go-round(メリーゴーランド)”といった比喩表現は、ビートルズ時代から使っていたサーカス的なイメージを思わせるが、ここでは**“人生の循環”や“社会の流れ”に対する観察者としての視点**が表現されている。
彼はもう、目まぐるしい成功やキャリア競争に巻き込まれることを選ばない。それは諦めや逃避ではなく、**「本当に大切なものに向き合うための選択」**である。
それが“家族”であり、“内面の静けさ”であり、“自由な時間”だった。
そして、その生き方を「説明」するのではなく、「語りかける」ように歌うことで、ジョン・レノンは音楽という場を通じて、静かな革命を遂げたのである。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- “Mother” by John Lennon
自身の幼少期と母への複雑な感情を吐露した、魂の叫びとも言える楽曲。 - “Let It Be” by The Beatles
混乱と不安のなかで、受け入れることの強さを歌ったビートルズ後期の名作。 - “The Circle Game” by Joni Mitchell
人生の円環と成長の過程を優しく描いた、時間についての深い歌。 - “You’ve Got a Friend” by Carole King
人生の落ち着きと人とのつながりを感じさせる、癒しのバラード。 -
“Father and Son” by Cat Stevens
世代間の価値観の違いと人生の選択について語る、哲学的フォークソング。
6. “何もしない”ことの意味──静かなる自我の解放
「Watching the Wheels」は、ジョン・レノンという“ロックの伝説”が、栄光の回転木馬から自ら降りて、一人の人間としての“静けさ”を肯定した歌である。
それは彼にとって逃避ではなく、最も勇気ある選択だった。
世間の声に惑わされず、自分が大切にしたいもののために“歩みを止める”という姿勢は、現代を生きる私たちにとっても、非常に示唆的なものだ。
「Watching the Wheels」は、動くことが正義とされる時代に、“立ち止まること”の美しさを静かに教えてくれる、心の哲学書のような名曲である。
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