発売日: 1975年4月
ジャンル: ソウル、ブルースロック、アダルトコンテンポラリー
概要
『Jamaica Say You Will』は、ジョー・コッカーが1975年に発表した6作目のスタジオアルバムであり、
前作『I Can Stand a Little Rain』の延長線上にある、よりパーソナルで繊細な作風を志向した作品である。
もともとは『I Can Stand a Little Rain』のセッション中に録音された楽曲が中心となっており、
そのためサウンドの質感やアレンジ、参加ミュージシャン（ジム・プライスのプロデュースなど）にも強い連続性が感じられる。
しかし、レコード会社との関係やプロモーションの不十分さから、
本作は当時大きなヒットには至らず、隠れた名盤のような存在となっている。
アルバムタイトルは、ジャクソン・ブラウンが書いた美しいバラード「Jamaica Say You Will」に由来し、
このカバーを含め、愛、喪失、祈りといったテーマがアルバム全体を優しく包み込んでいる。
全曲レビュー
1. (That’s What I Like) In My Woman
アルバムを力強く開ける、グルーヴィーなブルースロックナンバー。
コッカーらしい泥臭いシャウトとバンドのタイトな演奏が冴える。
2. Where Am I Now
孤独と自己喪失をテーマにしたバラード。
静かなピアノとストリングスを背景に、コッカーの深い情感がじんわりと響く。
3. I Think It’s Going to Rain Today
ランディ・ニューマン作の名曲カバー。
絶望と諦念の狭間にある希望を、コッカーは繊細かつ真摯に歌い上げる。
4. Forgive Me Now
恋愛関係における後悔と赦しをテーマにしたミディアムテンポのソウルナンバー。
温かなホーンアレンジとコッカーの優しいボーカルが心地よい。
5. Oh Mama
ゴスペル的な高揚感を持ったナンバー。
母なる存在への呼びかけと、自らの再生への願いが込められている。
6. Lucinda
アップテンポでファンキーなロックチューン。
エネルギッシュな演奏と、ややユーモラスな語り口が楽しい。
7. If I Love You
ストレートな愛の告白を、スローテンポのソウルバラードで展開。
切実な思いがストリングスの豊かな響きとともに押し寄せる。
8. Jamaica Say You Will
ジャクソン・ブラウン作のバラードを、
優しく、しかし深い悲しみを込めてカバー。
アルバムのハイライトとなる、静謐で美しい瞬間。
9. It’s All Over but the Shoutin’
別れを受け入れるまでの痛みと解放感を歌った、感傷的なミディアムナンバー。
コッカーの声に込められたリアリティが胸を打つ。
10. Jack-A-Diamonds
軽快でルーツ感のあるクロージングナンバー。
ギターとハーモニカが軽やかに絡み合い、旅路の終わりを爽やかに彩る。
総評
『Jamaica Say You Will』は、ジョー・コッカーの作品群の中でも、
最も静かで、最も人間的な温もりに満ちたアルバムである。
ここには、かつて『Mad Dogs & Englishmen』で見せた
爆発的なエネルギーも、
初期カバー作の華やかな力技もない。
あるのは、傷つき、疲れた一人の男が、
それでもなお愛し、赦し、祈ろうとする静かな営みだけだ。
「I Think It’s Going to Rain Today」や「Jamaica Say You Will」といった
繊細なバラード群は、
単なる歌以上の、”生きることへのささやかな賛歌”として胸に響く。
『Jamaica Say You Will』は、
派手さこそないが、
だからこそ長く寄り添い続ける――
そんな深い、優しい名盤なのである。
おすすめアルバム
- Joe Cocker / I Can Stand a Little Rain
本作と地続きの、繊細な叙情性を極めた傑作。 - Jackson Browne / Jackson Browne (Saturate Before Using)
「Jamaica Say You Will」原曲収録。内省的な名盤。 - Randy Newman / Sail Away
鋭い観察眼と温かな叙情が同居する、アメリカーナの傑作。 - Van Morrison / Tupelo Honey
素朴で温かなラブソングと田園的世界観が光る名盤。 -
Leon Russell / Leon Russell
ゴスペル、ソウル、ロックを自在に行き交う、魂の音楽。
歌詞の深読みと文化的背景
『Jamaica Say You Will』が生まれた1975年――
世界はベトナム戦争の終結を迎え、
社会全体が理想から現実へ、
熱狂から内省へと移行しつつあった。
そんな時代に、ジョー・コッカーもまた、
“叫ぶ”ことをやめ、
“ささやく”ことで自らの真実を伝えようとした。
「Jamaica Say You Will」では、
愛する人への祈りと、叶わぬ夢への郷愁が、
「I Think It’s Going to Rain Today」では、
希望を手放しかけた心に差し込むかすかな光が、
静かに、しかし確かに描かれている。
『Jamaica Say You Will』は、
絶望を知った後でも、
なおも小さな希望を胸に生きるための、
“静かな勇気”のアルバムなのである。
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