1. 歌詞の概要
「It’s Not Over Yet(イッツ・ノット・オーヴァー・イェット)」は、Klaxons(クラクソンズ)が2007年にリリースしたデビューアルバム『Myths of the Near Future』のリパッケージ盤に収録された楽曲で、オリジナルは1990年代に活躍したダンス・アクト「Grace」によるクラブ・アンセムのカバーです。
この楽曲の中核にあるメッセージはタイトル通り、「まだ終わっていない」。別れ、困難、終焉の予感に対して「諦めるな、物語は続いている」と訴えかける内容となっており、シンプルながらも力強い希望のフレーズが繰り返されます。恋人との関係性を暗示するラブソングの側面を持ちながら、それは同時に“時代へのメッセージ”としても機能し、ニュー・レイヴという運動の中で「これからが始まりだ」と語りかけているかのようでもあります。
クラクソンズはこの曲を、彼ら特有のディストーションギター、分厚いベース、きらびやかなシンセサウンドで再解釈し、原曲のユーロダンス的エナジーをロックと精神性の高いエッジへと昇華させています。
2. 歌詞のバックグラウンド
この曲のオリジナルは、1995年にイギリスのダンス・グループ「Grace」がリリースしたシングルで、当時のクラブシーンで大きな人気を誇った作品です。ソングライターはポール・オーケンフォールドとライナー・ブルトン。90年代特有の感傷的で高揚感のあるエモーショナルなハウス・トラックとして知られ、クラブアンセムとして長く親しまれてきました。
クラクソンズがこの曲をカバーするにあたり、当時のレイヴ文化と現代のインディー/ロック文脈を接続するという狙いがあったとされます。彼らが掲げた“ニュー・レイヴ”というムーブメントは、80〜90年代のレイヴカルチャーを音楽・ファッション・アートで再定義しようという試みであり、その精神を象徴する選曲がまさに「It’s Not Over Yet」だったのです。
このカバーはUKチャートで13位を記録し、オリジナルのファンからも新しいリスナーからも高く評価されました。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に「It’s Not Over Yet」の印象的な歌詞を抜粋し、日本語訳を添えて紹介します。
Dancing till the break of dawn
Can’t you see the morning come?
夜明けまで踊り明かす
朝が近づいているのが見えないか?
You can’t go on
Thinking nothing’s wrong
もう続けられない?
でも何も間違ってないと信じてたじゃないか
But now don’t be so sure
You’ll be here tomorrow
でも、そんなに確信しないで
明日、自分がここにいるかどうかなんて分からない
And it’s not over, not over, not over, not over yet
You still want me, don’t you?
でも、これは終わりじゃない
まだ終わってなんかいない
君はまだ、僕を求めてるんだろ?
You just can’t let go
You still need me, don’t you?
簡単には手放せない
君はまだ、僕を必要としているはずだ
歌詞引用元: Genius – It’s Not Over Yet (Klaxons version)
4. 歌詞の考察
この曲の歌詞は非常にシンプルで反復が多く、感情をストレートに伝える構成になっています。特に「It’s not over yet(まだ終わっていない)」というフレーズのリフレインには、喪失に抗う意志と希望の灯火が宿っており、恋人との別れを拒絶する切実な叫びとも、新しい時代に向かう鼓動とも受け取れる柔軟な解釈の余地を残しています。
「You still want me, don’t you?(君はまだ僕を求めてる)」という問いかけは、恋愛の関係性だけでなく、音楽そのもの、あるいはリスナーとのつながりに置き換えることも可能です。まるでクラクソンズ自身が、「レイヴ文化は終わってなんかいない」「この音楽をまだ必要としてるんだろ?」とリスナーに語りかけているようにも聞こえるのです。
原曲のクラブ向けな印象とは対照的に、クラクソンズ版は緊張感のあるテンポとエネルギッシュなアレンジが施され、より焦燥感とロマンチシズムが増しています。その結果、歌詞が持つメッセージは一層ドラマティックに響き、単なる“カバー”以上のアート作品として機能しています。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Ready for the Floor by Hot Chip
エレクトロニックなビートの中に感情を織り込んだ、クラブと内面世界の架け橋のような楽曲。 - Something Good Can Work by Two Door Cinema Club
前向きなビートに乗せて、不安と希望を同時に歌うインディーポップの代表曲。 - Kelly Watch the Stars by Air
繰り返しのメロディの中に幻想性と感傷を詰め込んだ、エレクトロニカの傑作。 - All My Friends by LCD Soundsystem
青春の終焉と友情への郷愁を音で描く、時間と記憶のアンセム。
6. クラブとロックが交差する場所で、“終わり”に抗う美学
「It’s Not Over Yet」は、ただの懐古的カバーにとどまらず、クラクソンズが掲げる“ニュー・レイヴ”という美学を象徴するマニフェストのような楽曲です。レイヴカルチャーの象徴だった90年代の名曲を、ロックバンドが再解釈し、それを現代のエネルギーに変換する。その行為自体が「過去は終わっていない」「未来へと繋がっている」というメッセージなのです。
この曲がリリースされた2007年は、イギリスにおいて“インディーロックの次なる形”が模索されていた時期でもあり、ダンスフロアとライブハウスが重なり合うような音楽が求められていました。クラクソンズはその接点に立ち、サイケ、パンク、エレクトロ、文学、魔術、そして“希望”を融合させたバンドとして、その象徴的な存在となったのです。
「It’s Not Over Yet」は、まさにその精神を音で示した作品。
過去を繰り返すのではなく、過去を“継承して再構築する”――それがクラクソンズの魔法であり、この曲にこめられた確かな真実なのです。
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