アルバムレビュー：Innocence Reaches by of Montreal

アルバムレビュー

2025.04.21

発売日: 2016年8月12日
ジャンル: サイケデリック・ポップ、エレクトロ・ポップ、インディー・ロック

無垢が届く、その瞬間——現代のノイズと快楽にまみれた、of Montreal流エレクトロ・ユートピア

『Innocence Reaches』は、of Montrealが2016年にリリースした14作目のスタジオ・アルバムであり、電子音と肉体性、ポップと実験精神のはざまで揺れ動く、現代的かつ開放的な作品である。

これまでにも大胆な音楽的変容を繰り返してきたof Montrealだが、本作ではDaft Punk、Ariel Pink、Tame Impalaといった同時代のエレクトロ・サイケ勢の影響を公言しつつ、あくまで彼ららしい変態性と感傷を内包したサウンドを構築している。

テーマは、“純真さは現代に存在し得るか？”という問い。愛や性、自己像の再構築をめぐり、グリッターまみれのビートの中で自問自答を繰り返すような、ポップと哲学が手を取り合うアルバムである。

1. Let’s Relate
ジェンダー・アイデンティティと社会的役割を問い直す、鋭くもフレンドリーな開幕曲。「君は何者？ぼくは何者？」という問いかけが全編を貫く。

2. It’s Different for Girls
アルバムのハイライトともいえるキャッチーな1曲。フェミニズムとポップの見事な融合で、タイトル通り“女性にとって世界は違う”というテーマを軽やかに、しかし核心的に歌う。

3. Gratuitous Abysses
分裂気味なメロディ構成とサイケな音像が癖になる。快楽と空虚の間を漂うようなミッドテンポの電子ポップ。

4. My Fair Lady
タイトルの通りのジェンダー遊戯を踏まえた、変則的でアート感の強いエレクトロ・バラード。感情とロールプレイの境界を揺さぶる。

5. Les Chants de Maldoror
19世紀のフランス象徴詩を思わせるタイトル（ロートレアモン伯からの引用）。耽美と不安が共存する、詩的で不可思議な楽曲。

6. A Sport and a Pastime
性愛と記憶の交錯を、ロマンティックなフィルター越しに語る。フランス文学的な感触が全体に漂う。

7. Ambassador Bridge
都市と感情が交差するモノローグのような楽曲。エレクトロ・フォークのような構成が新鮮。

8. Def Pacts
ビートが支配するクラブ寄りのトラック。歌詞は暴力的な内面の契約をテーマにしており、音と意味の落差がスリリング。

9. Chaos Arpeggiating
混沌と構造が交錯するようなエレクトロ・ポップ。アルバムの中でも最もダンス寄りのアプローチ。

10. Nursing Slopes
メロウでメランコリックなコード進行に、言葉の断片が織り込まれていく。夜の都市を彷徨うような心象風景。

11. Trashed Exes
過去の恋人たちへの皮肉と自己省察。軽快なメロディに対して歌詞はかなり毒が強く、of Montrealらしい裏腹な構成。

12. Chap Pilot
短いが濃密なサウンド・スケッチ。言葉遊びと感情の奔流が一体となる。

13. Requiem for the Truth
本作中最も内省的なナンバー。真実へのレクイエムと題されたこの曲では、真理と虚構の境界線が問い直される。

14. Let’s Relate (Reprise)
冒頭曲の再訪。アルバムを円環的に締めくくる構成で、問いは再び“あなたは誰？”に戻ってくる。

『Innocence Reaches』は、ポップという形式の中に“自己探求”と“社会的問い”をねじ込んだ、of Montrealらしさ全開のアルバムである。

エレクトロニクスを大胆に使いつつも、それが単なる音の装飾にとどまらず、現代の愛や性、アイデンティティといった不確かで移ろいやすいものを映し出す“鏡”として機能している。

このアルバムにおけるケヴィン・バーンズは、過剰な自意識を逆手に取りながら、快楽と疑問を同時に差し出してくるような姿勢を崩さない。

時にダンスフロア的、時に哲学的、時にただのポップスに聴こえる。しかし、そのすべてが「無垢とは何か？」という根源的な問いに通じているのだ。