発売日: 2018年11月16日
ジャンル: オルタナティブロック、スペースロック、アートロック、ポストグランジ
概要
『In the Future Your Body Will Be the Furthest Thing from Your Mind』は、Failureが2018年に発表した通算5作目のスタジオ・アルバムであり、その長大なタイトルの通り、“身体と意識”“記憶と存在”といった哲学的・SF的主題を、音響と構成の両面で大胆に探求した、コンセプチュアルかつ没入的な作品である。
本作は、2015年の復活作『The Heart Is a Monster』の路線を継承しつつ、より自由度の高い形式、実験的な音像、静謐と轟音のコントラストを深化させた構成を採っており、2018年に4部作EPとして段階的にリリースされた後、1枚のアルバムとして統合された。
その構成方法自体が、記憶の断片化や意識の揺らぎを象徴しており、音楽的にもリリック的にも“記憶の宇宙”を旅するような体験をリスナーに提供する。
タイトルは、“未来において、身体はもっとも遠い存在になる”という逆説的な命題を含んでおり、テクノロジーと精神性、自己認識の変容といった現代的テーマに呼応している。
全曲レビュー
1. Dark Speed
短く抽象的なオープニングトラック。
無重力のような浮遊感が“始まりのない始まり”を示唆し、アルバムの世界観へとリスナーを引き込む。
2. Solar Eyes
浮遊感あるシンセと粘性あるリフの交差。
“太陽の目”という表現が、超越的存在からの視線＝観察される個人という不安を含意している。
3. Paralytic Flow
シリアスなトーンの中に美しさが漂う名曲。
“麻痺的な流れ”の中で思考が停滞し、存在が希薄化していく様を描く。
4. Pennies
シンプルな反復と美しいメロディライン。
“1セント硬貨”という微細な象徴が、日常の細部へのこだわりと、些細な感情の重みを伝える。
5. Segue 10
インストゥルメンタル・パート。
宇宙的インタールードとして、前後の曲を空間的に接続する機能を持つ。
6. No One Left
孤独と終末感をテーマにした静かなロックバラード。
“誰も残っていない”というフレーズが、世界の終わりと個の断絶を同時に響かせる。
7. Found a Way
本作の中でも希望を感じさせる数少ない曲。
“道を見つけた”という肯定的なメッセージが、抽象的な音像の中で異彩を放つ。
8. Distorted Fields
グランジ的重厚さとスペースロックの浮遊感が融合した本作屈指のハイライト。
“歪んだフィールド”という表現が、現実知覚の不確かさを音で表現している。
9. Segue 11
断続的なノイズとディレイ処理されたギターの中で、記憶と記憶のあいだの“空白”が聴こえてくるようなブリッジ。
10. Heavy and Blind
Failureらしい重層的構成。
“重く、盲目的であること”が、社会への従属、感情の麻痺を暗喩する。
11. Apocalypse Blooms
最終戦争のようなタイトルに反して、非常に美しく静かな楽曲。
終焉と再生の間に咲く花のような、希望と破滅が共存する風景描写。
12. Force Fed Rainbow
皮肉とポップネスの交錯。
“虹を無理やり飲まされる”という鮮烈なイメージが、ポジティブな幻想の押し付けへの反発として響く。
13. The Pineal Electorate
“松果体”＝精神と神秘をつかさどる器官をめぐる象徴的ナンバー。
思考と信仰、現実と幻覚の境界を問い直す、アートロック的試み。
14. Bring Back the Sound
ノスタルジアと記憶の音楽的回収。
“音を取り戻せ”というフレーズが、過去に置き忘れた自我の記録として響く。
15. Segue 12
今作最後のインストゥルメンタル。
光が差し込むようなエンディングへ向けた“通路”として機能する。
16. The Focus
穏やかながら深い終曲。
“焦点”を見つめるという行為が、内的混乱を通り抜けた後の静かな覚醒を象徴する。
アルバムを閉じるにふさわしい、感覚的な浄化がもたらされる。
総評
『In the Future Your Body Will Be the Furthest Thing from Your Mind』は、Failureというバンドが“意識の旅人”としていかに深く、そして静かにリスナーの内面へ潜り込むことができるかを証明した、音響と概念のアルバムである。
本作は、“曲集”ではなく“音の連なり”であり、“歌”ではなく“体験”である。
それは過剰な刺激ではなく、記憶の縁に触れるような、知覚と感情をゆっくりと浸食するロックのかたち。
Failureはこの作品で、もはや肉体的存在ではなく、音と記憶によってのみ残される“精神的な軌跡”としての音楽を体現してみせた。
おすすめアルバム
- Radiohead / A Moon Shaped Pool
記憶と断片を音楽的に繋ぐコンセプチュアル・ロックの極北。 - Hum / Inlet
音の重力と空間的拡がりの美学が共鳴。 - Deafheaven / Infinite Granite
内省と轟音の狭間を優美に行き来する現代的ポストロック。 - Slowdive / Everything Is Alive
幽玄な音響と精神的残響が共通する音響詩的作品。 - Autolux / Pussy’s Dead
実験的で抽象的なロックの“現在形”としての思想的継承。
歌詞の深読みと文化的背景
『In the Future Your Body Will Be the Furthest Thing from Your Mind』というタイトル自体が、“身体の死と意識の残像”という未来の人間存在に対する黙示録的な詩である。
歌詞はすべてが物語ではなく、断片、夢、記憶、幻想といった“不完全な知覚の集積”として配置されている。
それは、情報過多で加速する現代社会の中で、“忘れられた感情をひとつずつ呼び戻すような逆流”でもあり、音楽によってのみ可能となる精神再起動の儀式なのだ。
コメント