発売日: 1992年10月
ジャンル: オルタナティヴ・ヒップホップ、インディーロック、ファンク、アート・ポップ
概要
『In Search of Manny』は、ニューヨーク出身の女性4人組バンド、Luscious Jacksonが1992年に発表したデビューEPであり、
女性ならではのストリート感覚、ヒップホップ的フロウ、ローファイなインディーロックの融合という革新的スタイルを確立した出発点である。
リリース元は、Beastie Boysが設立した名門インディー・レーベルGrand Royal。
メンバーのジル・カンターとガブリエル・グリーナーが中心となり、宅録的手法で制作されたこの7曲入りEPは、
粗削りながらも都会の喧騒、フェミニンな自意識、DIY的遊び心をたっぷり含んでおり、
Beastie Boysの文脈を受け継ぎながらも、まったく異なる方向に個性を放つ独自の音楽性を提示した。
ヒップホップやファンクを基調にしながら、リズムとビートはあくまでミニマルでスモーキー。
ラップとメロディの境界を曖昧にしたヴォーカルスタイルは、後の女性インディーシーンにも多大な影響を与えた。
「Manny=架空の都市伝説的存在の男」を探すという設定自体が、
90年代初頭のNYカルチャーの中にある匿名性と逃避願望を象徴している。
全曲レビュー
1. Let Yourself Get Down
都会的ファンクのグルーヴに乗せたゆるやかな開幕。
ダビーでレイドバックしたビートに、「自分を開放せよ」というメッセージが重なる。
イントロダクションとしての役割を果たしながら、グループの世界観に導入してくれる。
2. Life of Leisure
軽快でストリップダウンされたヒップホップ・ビートに乗せた脱力系ポップラップ。
「気だるい暮らし」へのアイロニーと、90年代女性の自立感覚が巧みに織り交ぜられる。
都市生活の無気力と自尊心の微妙な均衡を描いた好曲。
3. Daughters of the Kaos
本作のハイライトとも言える代表曲。
「混沌の娘たち」というタイトルからも伺える通り、女性による自己主張とカオティックな感性が爆発する。
独特なベースラインとマントラ的なヴォーカルが、スモーキーで政治的な空気感を醸成している。
4. Keep on Rockin’ It
ヒップホップの黄金期を想起させるルーズなリズムトラックに、
「まだロックし続けるぜ」とラップする遊び心あふれる一曲。
Beastie Boys譲りのユーモアと、ナード・クールな立ち位置を強調した軽快なパーティーチューン。
5. She Be Wantin’ It More
メンバーがそれぞれ異なるキャラクターとして登場するような語りの重層性。
フェミニズムと欲望の表現が重なり、スロウでセクシーなグルーヴが印象的。
当時の女性ヒップホップでは珍しい、主体的な欲求の表出が際立つ。
6. Bam-Bam
リズム・アンド・ブルース、ラテン、ヒップホップが混ざり合うダンスナンバー。
ミックス感覚の鋭さと、ジャンルの垣根を超える感性がこの1曲に凝縮されている。
7. Satellite
EPの締めくくりとして、最もメロディックで内省的なトラック。
都市の夜、孤独、どこにも繋がらない通信……といった、“女性の内面を反映した都市詩”として非常に完成度が高い。
メロウでありながら冷ややかな視点を感じさせる。
総評
『In Search of Manny』は、ロックでもヒップホップでもない、90年代的ハイブリッド感覚を先駆的に体現した稀有なEPである。
荒削りであるがゆえに逆に本質的。
街角、地下鉄、カフェ、夜の部屋……そうした都市の生活音に満ちた“女性版Beastie Boys”のような音楽体験がここにはある。
本作が提示した「自意識のある女性たちによる、ジャンルを越境したグルーヴの可能性」は、
その後のSleater-Kinney、Le Tigre、M.I.A.、さらにはR&Bやインディーポップにまで連なる、女性アーティストの創作の自由度を一気に押し広げた。
Luscious Jacksonはこの後メジャー契約を果たし、より洗練された作品を作っていくが、
このデビューEPには、そのすべての種子と爆発力が詰まっている。
おすすめアルバム
- Beastie Boys『Check Your Head』
本作の姉妹作のような立ち位置。ローファイなヒップホップ・ファンク。 - Le Tigre『Le Tigre』
フェミニズムとダンスビートの交差点。ポストLuscious Jackson的文脈。 - Cibo Matto『Viva! La Woman』
異文化的、ジャンル越境的女性ユニット。感性の自由度が近い。 - ESG『Come Away with ESG』
ミニマルな女性ファンクの原点的作品。Luscious Jacksonのルーツ的存在。 -
M.I.A.『Arular』
政治性、自己表現、ジャンル横断性を武器にした次世代の流れ。
ファンや評論家の反応
『In Search of Manny』は、当初ニューヨークのアンダーグラウンドで静かに話題となり、
Beastie Boysの支援を受けて広がりを見せたが、当時としては“女性がこういう音を鳴らす”こと自体が革新的だった。
後年の再評価では、**“90年代NYにおける最も影響力のある女性インディーデビュー作のひとつ”**として位置づけられることも多い。
ラフでクールで自分らしくて、何にも似ていない。
『In Search of Manny』は、“都市に生きるすべての女の子たち”のための名刺代わりの一枚なのである。
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