
1. 歌詞の概要
「I’m Not the Only One」は、イギリスのシンガーソングライター Sam Smith(サム・スミス) のデビューアルバム『In the Lonely Hour』(2014)に収録されたシングルで、浮気や裏切りというテーマを繊細かつ静かな怒りで描いたバラードです。
歌詞では、主人公が恋人の不誠実さに気づきながらも、それを受け入れてしまう矛盾と苦しみが、淡々とした口調で描かれています。「あなたは嘘をついている。でも、私にはわかっている。私は“ひとり”じゃない――裏切られているのは私だけじゃないから」そんな静かな確信と哀しみが、この楽曲の核にあります。
切なさ、怒り、失望、そして未練が複雑に絡み合う感情のグラデーションは、サム・スミスの特徴的な柔らかくも深いボーカルによって、聴き手の心にじわりと染み込んでいきます。
2. 歌詞のバックグラウンド
「I’m Not the Only One」は、サム・スミスがかつて直面した実際の経験をもとに書かれた曲だと言われています。アルバム『In the Lonely Hour』は一貫して“報われない愛”や“叶わぬ関係”をテーマにしており、この楽曲もその流れの中にあります。
作詞・作曲はサム・スミスと James Napier(通称Jimmy Napes) によるもので、プロデュースもNapesと Steve Fitzmaurice が担当。ソウルとポップスの要素を融合させた穏やかでありながら内燃的なサウンドが特徴で、ピアノとストリングスが感情の波を抑制しながらも深く刻んでいます。
また、ミュージックビデオには俳優の Dianna Agron(『Glee』)と Chris Messina(『The Mindy Project』)が出演しており、完璧に見える夫婦関係の裏にある浮気と偽りが、ドラマチックに演出されています。MVは楽曲の世界観をより強調し、多くの視聴者の共感を集めました。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下は「I’m Not the Only One」の印象的な一節とその和訳です:
“You and me, we made a vow
For better or for worse”
「あなたと私は誓い合ったよね
良いときも悪いときも一緒にいるって」
“I know I’m not the only one”
「でも私は知っている
私だけじゃないってことを」
“You say I’m crazy
‘Cause you don’t think I know what you’ve done”
「私が“おかしい”ってあなたは言う
でも、私は全部わかってる。あなたのしたことを」
“But when you call me baby
I know I’m not the only one”
「“ベイビー”って呼ばれるたびに思うの
私はあなただけの人じゃないんだって」
引用元:Genius Lyrics
この歌詞の構成はとても静かで、攻撃的な言葉を使わずに裏切りの痛みを描いているのが特徴です。それが逆に、感情の深さとリアリティを際立たせています。
4. 歌詞の考察
「I’m Not the Only One」は、不誠実な関係の中にいる人が抱える“知っていながら耐える”という複雑な心理を描いています。この曲の語り手は、パートナーが浮気していることを知っている。しかし、直接的に責め立てることはせず、ただ淡々と「私は知っている」と言い続けます。
この態度には、怒りを押し殺している悲しみと、「それでも関係を続けてしまう」ことへの自己矛盾、そしてどこかでまだ愛しているという残酷な感情が交錯しています。“You say I’m crazy” というフレーズには、**ガスライティング(相手を操作し、疑念を植え付ける心理的操作)**の要素も含まれており、現代的な恋愛の闇をリアルに切り取っています。
また、“I’m not the only one”というフレーズは二重の意味を持ちます。一方では「あなたが他の人とも関係している」、もう一方では「この痛みを感じているのは私だけじゃない」という、他者との連帯や普遍性の自覚でもあります。つまり、この曲は個人的な失恋の歌であると同時に、世界中の“傷ついた人たち”の声を代弁するバラードでもあるのです。
サウンド面では、静かなピアノに重なるストリングス、わずかに抑えたリズムパート、そしてサム・スミスの繊細なファルセット――これらがすべて感情を内に抱えたまま「静かに泣く」ような質感を醸し出しています。激情ではなく、沈黙の中に潜む怒りと絶望を表現するその手法が、この曲を唯一無二の存在にしています。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Stay by Rihanna feat. Mikky Ekko
愛しているのにすれ違ってしまう関係を描いた静かなバラード。抑制された感情の描き方が近い。 - All I Want by Kodaline
去ってしまった相手を忘れられない心情を切なく綴る。失恋の余韻が共鳴する。 - Jar of Hearts by Christina Perri
心を弄ばれた経験を激しさではなく静かに描いたバラード。強さと痛みが共存。 - Dancing On My Own by Robyn
報われない愛と孤独を、ダンサブルなビートで逆説的に表現した名曲。 - Back to Black by Amy Winehouse
破滅的な恋に戻ってしまう自分を責めるバラード。感情の重みと哀しみが近い。
6. 特筆すべき事項:サム・スミスの“痛みを美しさに変える”表現力
「I’m Not the Only One」は、サム・スミスが持つ**“痛みをそのままにしない力”**を象徴する楽曲です。彼は、自らの傷や喪失、裏切りといった感情を、嘆きや怒りとして爆発させるのではなく、静かな語りかけとして昇華させる技術を持っています。
その表現は、ジェンダーやセクシュアリティを越えて、あらゆる人間の心に届く普遍的な痛みの言語として作用します。決して“弱さ”を恥じず、それをそのまま作品にする勇気が、多くのリスナーにとって救いとなっているのです。
**「I’m Not the Only One」**は、裏切りという冷たい現実を、美しくも静かな楽曲として描いた、現代ポップバラードの傑作です。怒りではなく沈黙で語る、涙ではなく歌声で訴える――サム・スミスが見せるこの繊細なバランスは、まさに彼だけの特別な才能と言えるでしょう。傷ついた心にそっと寄り添うその旋律は、今もなお多くの人の記憶に残り続けています。
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