I Wanna Kill by Crocodiles(2009)楽曲解説

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1. 歌詞の概要

「I Wanna Kill」は、アメリカ・サンディエゴ出身のノイズポップ/ガレージロック・デュオ、**Crocodiles(クロコダイルズ)**が2009年にリリースしたデビューアルバム『Summer of Hate』の冒頭を飾る楽曲であり、暴力、欲望、無気力、そして祈りのような殺意を詩的かつ挑発的に描いた、彼らの代表曲である。

タイトルにある“I Wanna Kill(殺したい)”という強烈な言葉は、表面的には破壊衝動を露わにしているように見える。だが実際にはそれは誰かを殺すというよりも、“現実を打ち壊したい”“無力感から抜け出したい”という心の叫びに近く、暴力の言語を借りた精神的なサバイバル宣言とも言える。

この曲は、退廃的な都市風景と、愛と暴力の曖昧な境界を描いたアートパンクの系譜に連なる、現代の若者のメタファー的アジテーションである。歌詞のリフレインはシンプルだが、その単純さこそがむしろ衝動の純粋さ、逃れがたさを浮かび上がらせていく

2. 歌詞のバックグラウンド

Crocodilesは、2008年にチャールズ・ルー(Charles Rowell)とブランドン・ウェルチェズ(Brandon Welchez)によって結成され、Suicide、Jesus and Mary Chain、Spacemen 3といった退廃美とノイズの継承者として登場したバンドである。
「I Wanna Kill」は、彼らの存在を音楽シーンに刻みつけた1曲であり、ポップなメロディと破滅的なテーマが同居する独自のスタイルを確立した楽曲だ。

アルバム『Summer of Hate』のリリース時期、アメリカはイラク戦争後の疲弊とオバマ政権への期待が交差する、“変革と焦燥”の空気に包まれていた。この曲における“殺意”は、その時代のフラストレーションと、出口のない感情の吹き出し口としての機能も果たしている。

またこの曲は、精神的な閉塞とラブソングの皮肉を、あえて攻撃的な言葉でラッピングするという倒錯的な構造を持ち、それゆえに暴力の歌というより、“孤独の告白”として深く刺さるのである。

3. 歌詞の抜粋と和訳

“I wanna kill / I wanna kill”
殺したい 殺したいんだ

“I wanna kill tonight / I wanna kill the lights”
今夜こそ殺したい
この光を この現実を消し去りたい

“And if I can’t / Then I’ll just sleep with you
もしそれができないなら
君とただ眠るよ

“I wanna kill for you / I wanna die with you
君のために殺したい
君と一緒に死にたい

“I wanna sleep in your arms / Forever and ever”
君の腕の中で眠りたい
いつまでも 永遠に

※ 歌詞引用元:Genius

4. 歌詞の考察

「I Wanna Kill」というフレーズは、その過激さゆえに誤解を生むこともあるが、実際には憎しみの歌ではなく、自己破壊的な愛の歌である。
この“殺意”は他者に向けられているというより、**「この世界に対する耐えがたい違和感」「変えられない現実へのやり場のない怒り」**を表している。

そして、その暴力的な感情の裏には、「君と死にたい」「眠りたい」「腕の中にいたい」という、極めて繊細で依存的な愛情が共存している
この対比がもたらすのは、言葉と感情のねじれた美しさだ。暴力が語られるのに、そこに宿るのは実のところ孤独と救いへの欲望である。

「I wanna kill the lights」というラインは、ただ照明を消すという意味ではなく、むしろ“現実を停止させたい”という欲求のメタファーだろう。
また、「If I can’t / Then I’ll just sleep with you」という切り返しには、行き場のない衝動を“人肌”でなだめるしかない無力な感情が滲んでいる。

このように、「I Wanna Kill」は破壊的なラブソングであり、信仰なき祈りのようなパンク・アンセムでもある。
その衝動性は一瞬にして燃え上がるが、燃えたあとに残るのは、誰にも救われない孤独の輪郭である。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • Just Like Honey” by The Jesus and Mary Chain
     甘くも痛みを帯びたラブソングの名作。暴力ではなく、退廃のなかにある祈り。

  • “Frankie Teardrop” by Suicide
     絶望と狂気の断末魔のような電子詩。殺意と破綻が極限まで描かれる。
  • Teenage Riot” by Sonic Youth
     反抗と空虚の間にある“現代の祈り”を音響で表現したギターの交響詩。

  • “Godstar” by Psychic TV
     ポップでありながら不穏さを孕んだ、神と死と愛の奇妙な交差点。

  • “Death Valley ’69” by Sonic Youth feat. Lydia Lunch
     破滅と性愛をカオスに描いた、アートパンクの決定打。

6. 殺したいのは誰か?——「I Wanna Kill」が突きつける“祈りなき時代”の衝動

「I Wanna Kill」は、暴力を歌っているようでいて、実はその裏にある“救われたい”という声なき祈りを鳴らしている。
それは宗教を信じられず、社会にも希望が持てず、愛だけを最後の拠り所にしてしまった者の、不器用な告白である。

この曲の凄みは、感情の過剰さを隠さないことにある。そしてそれをノイズとポップの中間で鳴らすことによって、単なる叫びを“芸術的な崩壊美”へと昇華させている。

Crocodilesは、「I Wanna Kill」で暴力の仮面をかぶりながら、最も繊細で危うい“生きたい”という感情の存在を、鋭くも美しく提示した。
それは、殺意の名を借りた愛の告白であり、黙示録的時代に鳴らされたポップの悲鳴なのである。

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