1. 歌詞の概要
「I Hate Myself for Loving You」は、Joan Jett & The Blackheartsが1988年に発表したアルバム『Up Your Alley』のリード・シングルであり、全米チャートでトップ10入りを果たした彼女の代表的ヒットのひとつである。この楽曲は、Joan Jettの生涯を通じたテーマともいえる「強さと弱さの共存」「自己主張と矛盾」を、最もドラマチックに表現した作品だ。
タイトルの通り、歌詞は「愛してしまった自分を嫌いになる」という、怒りと未練がないまぜになった複雑な心情を鋭く描き出している。愛を断ち切りたいのに、それができない。だからこそ、自分に対する怒りが募る——その葛藤が、Joan Jettの荒々しくも切実なボーカルによって鮮烈に立ち上がってくる。
この曲は単なるラブソングではない。それはむしろ、「裏切り」と「自己嫌悪」を原動力としたロックのエネルギーであり、女性が自らの“傷”を武器に変える姿を力強く描き出す、エモーショナルで挑発的なアンセムである。
2. 歌詞のバックグラウンド
「I Hate Myself for Loving You」は、Joan Jettにとってキャリアの新たなフェーズを切り開いた楽曲である。80年代中盤、Joanは一時的な活動低迷期にあったが、この曲の成功によって再びメインストリームに返り咲くことになる。
この曲は、元Rolling StonesのギタリストであるMick Taylorがゲスト参加しており、その鋭くブルージーなギターリフが楽曲全体の緊張感を引き上げている。また、プロデュースはKenny Lagunaと共にDesmond Child（Bon Jovi、Aerosmithなどの作曲で知られる）が手がけており、80年代アリーナ・ロックの王道サウンドと、Joanのパンク・スピリットとが見事に融合している。
MTV全盛時代にあって、Joan Jettはこの曲のミュージックビデオで黒革のジャケットに身を包み、ギターを抱え、怒りをそのままビジュアルとして叩きつけるような存在感を放った。それは同時に、“女性が怒りを表現する”ということの美学をロックの中に刻み込んだ瞬間でもあった。
3. 歌詞の抜粋と和訳
（引用元：Genius Lyrics）
I hate myself for loving you
あなたを愛してしまった自分が、嫌でたまらない
Can’t break free from the things that you do
あなたのしたことから、自由になれない
I wanna walk, but I run back to you, that’s why
離れたいのに、気がつくと戻ってしまう だから
I hate myself for loving you
私はそんな自分が嫌なのよ
このサビは、非常にストレートな言葉でありながら、その裏にある感情はきわめて複雑で深い。Joan Jettは“愛している”とは言わない。“愛してしまった自分を憎んでいる”と言うことで、よりいっそう切実な感情をあぶり出している。これは未練ではなく、自分を裏切った相手に対する怒りを、自分自身に転化せざるを得ない苦しさの表現なのだ。
4. 歌詞の考察
この楽曲の核心にあるのは、愛することが弱さではなく、怒りの理由になるという逆説である。Joan Jettがここで見せるのは、感情に翻弄される脆い姿ではなく、むしろその感情を燃料にして声を張り上げ、ギターをかき鳴らす“怒れるロッカー”としての自己肯定である。
女性アーティストが「私は傷ついた」と歌うとき、それはしばしば“受け身の立場”として描かれがちだ。しかしJoanは違う。彼女は「裏切られた」という事実に飲み込まれず、その怒りを自らの拳に握りしめ、ギターという武器で反撃する。その姿勢が、この曲をただの失恋ソングではなく、“攻撃的なエンパワメント”の楽曲として成立させている。
また、タイトルの「I Hate Myself for Loving You」という一文は、非常にアイロニカルであると同時に、強烈な人間臭さを持つ。「愛したこと」は事実、「裏切られたこと」も事実、でも「忘れられない自分」もまた事実——その全てを受け入れ、さらけ出しながらも前に進もうとする力が、この曲には宿っている。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Alone by Heart
傷ついた心を孤独の中で抱えながらも、力強く叫ぶ女性ロックバラードの名曲。 - You Oughta Know by Alanis Morissette
怒りと裏切りの感情をむき出しにした90年代の女性的自己主張の極致。 - Edge of Seventeen by Stevie Nicks
喪失と情熱、そして生きることの重みをギターリフにのせた名演。 - Piece of My Heart by Janis Joplin
愛に傷つきながらも、与え続けようとする強い魂のロック。 - Barracuda by Heart
怒りと挑発、そして女性としての誇りが全面に出た鋭利なハードロック。
6. “傷”を武器に変えるロックの力
「I Hate Myself for Loving You」は、Joan Jettのキャリアのなかでも最も感情的な爆発力を持った作品であり、同時にロックという音楽が持つ“自己破壊と再生”のエネルギーを見事に体現している。彼女はこの曲を通して、愛されたがゆえに傷つき、愛したがゆえに自分自身を責め、それでもなお“声を出すこと”をやめない。
その姿は、痛みを抱えながらも表現することを恐れないすべての人に向けたメッセージでもある。ロックとは何か？ それは、傷ついた者がなお叫び、なお立ち上がること。Joan Jettはこの曲で、それをあらためて証明した。
だからこそ、「I Hate Myself for Loving You」は、失恋や裏切りの歌であると同時に、自己肯定と反撃のためのロックンロールなのだ。愛することの痛みを知る人間にこそ、この曲は最も強く、優しく響く。
コメント