Human by The Human League(1986)楽曲解説

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1. 歌詞の概要

「Human」は、イギリスのシンセポップ・グループ、The Human Leagueが1986年にリリースしたバラードであり、彼らにとってアメリカで2度目のナンバーワンヒットとなった楽曲である。前作「Don’t You Want Me」が描いた“愛の終わり”に対して、「Human」は“愛の過ち”と“許し”を主題にした、より内省的かつ成熟したラブソングとして位置付けられる。

歌詞のテーマは、遠距離恋愛中に双方が関係を裏切ってしまったことへの告白と、その過ちを人間の弱さとして認め合おうとする試みである。サビで繰り返される“I’m only human / Of flesh and blood I’m made(僕はただの人間だ。血と肉でできた存在にすぎない)”という一節は、愛する相手に対して誠実であろうとしながらも、過ちを犯してしまう“人間の本質”を静かに、しかし切実に訴える。

この楽曲では、“人間であること”自体が免罪符ではない。むしろ、弱さを自覚しながらも、相手とのつながりを諦めない姿勢が強調されており、恋愛における裏切りと赦しという普遍的なテーマを、冷静でありながら情熱的なバランスで描いている点が特徴的である。

2. 歌詞のバックグラウンド

「Human」は、1986年のアルバム『Crash』に収録されたシングルであり、The Human LeagueとアメリカのR&Bプロデューサー・チームであるジャム&ルイス(Jimmy Jam & Terry Lewis)のコラボレーションによって制作された。彼らはJanet Jacksonの『Control』(1986年)を手がけたばかりで、その洗練されたサウンドとプロダクションは、この楽曲にも大きな影響を与えている。

The Human Leagueはもともとシンセポップの先駆者として知られていたが、この時期にはヒット曲を出せずにいた。レコード会社の提案により、アメリカ市場を意識した方向転換としてジャム&ルイスとの制作が実現した。その結果、「Human」は洗練されたR&Bバラードとして完成し、アメリカのBillboard Hot 100で1位を獲得。イギリス国内よりも、むしろアメリカでの評価が高まった作品となった。

この曲での最大の特徴は、楽曲中盤で女性メンバーのジョアンヌ・キャサラ—が語りかけるように自らの裏切りを告白する“スポークン・パート”である。これは、男女の視点を対比させた構成で、恋愛関係の真実をリスナーにリアルに届ける仕掛けとなっている。

3. 歌詞の抜粋と和訳

以下に「Human」の印象的な一節を抜粋し、日本語訳を添えて紹介する。

I’m only human / Of flesh and blood I’m made
僕はただの人間なんだ/血と肉でできた、弱い存在

Human / Born to make mistakes
人間さ/間違いを犯すために生まれてきたようなもの

Please forgive me
お願いだ、許してくれ

The tears I cry aren’t tears of pain / They’re only to hide my guilt and shame
僕が流す涙は痛みの涙じゃない/ただ、罪悪感と恥を隠すための涙なんだ

I was only thinking of you / Hoping you’d understand
君のことばかり考えてた/いつか君がわかってくれると願ってた

(spoken)
I’m only human / The woman you love / Made mistakes too
私も人間よ/あなたが愛した女も/同じように過ちを犯したの

引用元:Genius Lyrics – Human

4. 歌詞の考察

「Human」は、過ちを犯した二人の関係が、“どこで終わるか”ではなく、“どう許し合うか”に焦点を当てている点において、非常に成熟した視点を持つラブソングである。両者が裏切りをしていたという重い現実を前にして、それでも互いに“人間”であることを認め、許しを乞うという構図は、恋愛における究極の誠実さと複雑さを同時に描き出している。

フィル・オーキーが歌う男の側は、自責の念と後悔に満ちており、自らの弱さを晒しながらも関係の修復を願っている。そして女性側の語りも、淡々としながら感情が滲み出ており、“あなたが離れている間に私も過ちを犯した”という告白には、単なる告白を超えた感情の深さが感じられる。

この楽曲の核心は、「人間であること」の本質的な不完全さと、それを受け入れ合うことでしか関係は続かないという冷徹な真理である。恋愛関係における“罪”や“責任”をジャッジするのではなく、どこまで互いの弱さを許容できるかを問うている点で、「Human」は80年代ポップスの中でも極めて哲学的な深さを持つ作品である。

※歌詞引用元:Genius Lyrics – Human

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • Careless Whisper by George Michael
    後悔と罪悪感をテーマにしたバラード。裏切りの重さとメロディの哀しみが共通する。

  • Say It Isn’t So by Hall & Oates
    恋愛における疑念と真実のギャップを描くソウルフルな80sポップス。
  • Time After Time by Cyndi Lauper
    愛と赦しを繰り返し求め合う関係性を描いた名曲。感情の包容力が「Human」に通じる。

  • One More Try by Timmy T
    失敗を繰り返す恋愛の中でもう一度チャンスを求める静かなバラード。

6. ポップスにおける“赦し”の形

「Human」は、80年代のポップスにおいて“裏切り”や“関係の崩壊”を描いた多くの楽曲の中でも、稀に見る“赦し”の物語である。そこにあるのは、感情の激しさではなく、沈黙の中でこみ上げる自責、そしてそれを超えた愛のかたちだ。

また、The Human Leagueという“人間”という名を冠したバンドが、自らのアイデンティティを音楽的にもリリカルにも再定義したこの楽曲は、80年代シンセポップの中で最もエモーショナルで、かつ普遍的なメッセージを持つ作品として語り継がれている。

「人間とは間違いを犯すものだ」というシンプルな真理を、機械的なサウンドに乗せて伝えるという矛盾的な美しさは、まさにこの時代のポップミュージックが到達した芸術的表現のひとつと言える。裏切りではなく、人間であるがゆえの“選択”と“赦し”を描いたこのバラードは、今もなお私たちに問いを投げかけている。

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