イントロダクション
柔らかく握られたピックがダウンストロークを落とし、遠くで蝉が鳴くようなローファイ・ノイズが重なる。
アメリカ南部オースティン発のデュオ Hovvdy(ホヴディ)は、部屋の空気を少しだけ冷やすようなミドルテンポと、親友同士のひそやかなコーラスでリスナーの日常を包み込む。
2024 年に発表したセルフタイトルのダブル・アルバムは、ベッドルーム以上スタジオ未満の温度感で制作され、翌 2025 年春からの北米ツアーへつながっていく。Killbeat MusicPitchfork
バックグラウンドと歴史
ウィル・テイラーとチャーリー・マーティンは、テキサス大学の学生寮で知り合った。
“ドラムが叩けるスロウコア”を合言葉に 2014 年から宅録を開始し、2016 年にカセット作品 Taster を Bandcamp にアップ。
2019 年の Heavy Lifter でピアノとサンプリングを導入し、ローファイの輪郭を広げる。
2021 年の True Love は Pitchfork が“テキサス版 In Rainbows”と評したスロウコア・ポップのハイライト。
2024 年、Arts & Crafts からセルフタイトルの 2 枚組『Hovvdy』をリリースし、収録曲 Jean のリメイク版がツアー発表と同時公開された。HovvdyPitchfork
音楽スタイルと特徴
・テンポは 70〜110 BPM。ドラムはブラシや指打ちパッドで“午後 3 時の脈拍”を維持する。
・ギターはカポを多用し、オープンコードで残響を確保。フェンダー系クリーンとテープエコーが定番。
・二人の声はファルセット寸前の薄いユニゾン。マイクを密着させて「耳元でささやく距離」を演出。
・歌詞は故郷の高速道路、オレンジ味のソーダ、母の留守電など具体物を点在させ、記憶の断片を静かに呼び戻す。
代表曲
曲名 | 収録 | ポイント |
---|---|---|
Cathedral | Heavy Lifter (2019) | ピアノとギターのワンコードループが“日曜午後の礼拝堂”を想起。 |
True Love | True Love (2021) | タンバリンの裏打ちと小さな歓声サンプルが幸福の「さざなみ感」を象る。 |
Jean | Hovvdy (2024) | テープチューニングされたドラムが揺れ、〈君の名前を呼ぶたび景色が揺れる〉というラインが胸に残る。 |
Jean (Julie’s Version) | シングル (2024) | 女性ボーカルを迎え、視点を反転。ツアー告知と同時公開。Pitchfork |
アルバムごとの進化
年 | 作品 | 特徴 |
---|---|---|
2016 | Taster | カセット宅録、シューゲイズ手前のローファイ感。 |
2018 | Cranberry | スロウコア由来の間とカントリーの温度が同居。 |
2019 | Heavy Lifter | ピアノ導入、サンプリングで音像拡張。 |
2021 | True Love | ラジエーターの温もりのような柔らかさ、メロディを前面に。 |
2024 | Hovvdy(2枚組) | 宅録とスタジオの境界を溶かし、楽曲数で“日記 365 日”を提示。 |
影響を受けた音楽
Duster や Bedhead のスロウコア静寂、Alex G の宅録ポップ感覚、Pavement のゆるさとメロディ勘。
そこへアメリカーナを通過したギター処理が乗り、結果として“真夏の木陰”のような音楽が生まれる。
影響と波及
Hovvdy 以降、テキサス・インディーではスロウコアとドリームポップを横断する若手(Video Age、Fanclubwallet など)が急増。
TikTok では〈#HovvdyHarmony〉で囁きユニゾンの弾き語り動画が 1 億回再生を超え、ローファイ・フォークリバイバルの火種となっている。
オリジナル要素
・ライブではステージ奥に中古ソファを置き、曲間で座ってギターを弾き直す“リビングルーム演出”。
・会場周辺の環境音(信号機やインターコム)を Zoom レコーダーで録音し、その日のアンビエント SE として開演前に再生。
・アナログ 4tr テープにボイスメモを吹き込み、物販で 1 本限定販売する“旅の切れ端カセット”企画。
まとめ
Hovvdy の楽曲は、ひとりきりの昼下がりにカーテン越しの風がそっと揺れる瞬間をそのまま閉じ込めたようだ。
過剰な装飾はなく、言葉数も多くない。
しかし耳を澄ませば、遠くを走る車のノイズや子どもの笑い声が微かに混ざり合い、聴き手自身の記憶がゆっくりと浮かび上がる。
2025 年のツアーでは、その日限りの環境音が楽曲と溶け合い、新しい “Hovvdy の午後” が各都市に刻まれるだろう。
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