発売日: 1993年1月**
ジャンル: オルタナティブ・ロック、パワーポップ、ポストパンク、カウパンク
概要
『Hey Zeus!』は、ロサンゼルスのパンク・バンドXが1993年に発表した通算7作目のスタジオ・アルバムであり、
**90年代初頭というオルタナ・ロック全盛の時代に、ベテランとしての存在感を再提示する“静かな再始動”**とも言える作品である。
前作『See How We Are』（1987）以来6年ぶりとなる本作では、
ジョン・ドウとエクシーン・セルヴェンカのツインボーカルは健在ながら、
過剰な演出を排した“軽やかで内省的”なロック・アルバムとして仕上がっている。
タイトルの『Hey Zeus!』は、“Hey Zeus!”（ヘイ、ゼウス）＝“Jesus”の語呂遊びともとれるダブルミーニングで、
信仰や運命、空虚な神話を茶化しながらも、個人の内面へと静かに踏み込んでいく内容を示唆している。
ギターにはトニー・ギルキーソン、ドラムには引き続きD.J.ボーンを迎え、
バンドはよりオルタナティブ的な音作りへと自然に適応。
成熟したXが1990年代の中でどう鳴るかを問うている作品である。
全曲レビュー
1. Someone’s Watching
軽快でクリーンなギターサウンドと、冷静なヴォーカルが印象的なオープニング。
“誰かが見ている”という不安と疎外感を、都会の孤独感と社会的監視のメタファーとして描く。
2. Big Blue House
エクシーンがリードを取るメランコリックな一曲。
“大きな青い家”は安息の象徴でもあり、空虚な家庭像への皮肉にも聞こえる。
郷愁と諦めが共存するアメリカーナ的な逸品。
3. Clean Like Tomorrow
ジョン・ドウによる、未来への希望と絶望が交錯する力強いナンバー。
“明日はきれいだ”というフレーズには、“今日”の曇りが逆説的に滲んでいる。
4. New Life
ポップかつストレートな楽曲。
新しい人生を願いつつも、過去の重さが足を引っ張るという普遍的テーマを軽やかに処理している。
5. Country at War
アルバム中もっとも攻撃的かつ政治的な一曲。
“戦争状態にあるこの国”という設定で、内戦的な分断とメディア批判を語る。
ハードで切れ味鋭いギターが光る。
6. Armed with a Voiceless Tongue
タイトルだけで詩的な一曲。
“声なき舌を持つ”という矛盾したイメージに、言いたいことが言えない時代の閉塞感がにじむ。
実験的かつ不穏な空気感を持つ。
7. Drawn in the Dark
愛と自己認識の曖昧さをテーマにしたミディアム・テンポのバラード。
“暗闇のなかで描かれる自画像”のような、不確かさと詩的美しさが共存している。
8. Let the Sun Go Down
日没を待つ心象風景を静かに描写。
人生の終わり、あるいは一日の終焉としての**“光の喪失”を、やさしく諦観を込めて歌う**。
9. Everybody
本作中もっともキャッチーでコーラスの映えるナンバー。
“みんなそうなんだ”というフレーズには、個人的苦悩の普遍化と、同調の怖さが重ねられる。
10. Baby You Lied
古典的なロカビリー・リズムと現代的な不信感をミックスした一曲。
“嘘をついたね”という直球の言葉が、かえって刺さるほど淡々と歌われる。
11. Drawn in the Dark (Reprise)
7曲目のリプライズ。
短く、静かに終わるこの曲は、アルバム全体を“心のなかの空白と余韻”で締めくくるような構成となっている。
総評
『Hey Zeus!』は、Xが90年代の音楽的潮流に対し、声を荒らげることなく静かに自分たちを位置づけ直した作品である。
初期のパンク的怒りは姿を潜めたが、代わりにここには疲労と知恵、静かな哀しみ、そして諦めない声がある。
ジョン・ドウとエクシーンの詩的視点は健在でありながら、
音楽的にはよりタイトかつアメリカーナ／オルタナティブ色の濃い構成となり、
この作品をして“Xは成熟した”と見る向きも多い。
大きな変革や流行に迎合するのではなく、
自分たちの歩幅で時代と折り合いをつけたXの“中年のレコード”として、むしろ今こそ再評価されるべきである。
おすすめアルバム
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Grant Lee Buffalo / Mighty Joe Moon
90年代アメリカーナと詩的ロックの融合がXと共鳴する。 -
The Jayhawks / Hollywood Town Hall
都会と田舎のあいだで揺れるメロディと語り口が近い。 -
R.E.M. / Automatic for the People
内省、死、社会的孤独をテーマにした成熟したロックの金字塔。 -
Wilco / Being There
オルタナ・カントリーと都市的感覚の交差点。 -
Giant Sand / Center of the Universe
アリゾナ発、乾いた哲学とロックが交差する音世界。
特筆すべき事項
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『Hey Zeus!』はXにとって1990年代唯一のスタジオ・アルバムであり、
この後2000年代後半までオリジナル作品から遠ざかることになるため、“Xのある種の終章”としての役割を持つ。 -
アルバム全体を通して、パンクバンドの残像を背負いながら、“語るロック”へと静かに移行していく過程が聴き取れる。
この変化は、初期Xとは異なる文脈でファンを獲得し始めた転機でもあった。
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