アルバムレビュー：Hello Hum by Wintersleep

発売日: 2012年6月12日
ジャンル: インディーロック、シンセロック、アートロック

概要
全曲レビュー
総評
おすすめアルバム
制作の裏側（Behind the Scenes）

概要

『Hello Hum』は、カナダのインディーロック・バンドWintersleepが2012年に発表した5作目のアルバムであり、彼らの音楽性がアナログの質感とデジタルの感覚を融合させていく過渡期の作品である。

本作では、前作『New Inheritors』の重厚さを一度脱ぎ捨て、より開かれたメロディ、エレクトロニクスの導入、そしてドリーミーでサイケデリックな感覚が際立つ。
タイトルの“Hello Hum（こんにちは、ハム音）”は、電流のように絶えず鳴り響く音の持続性や、都市生活における雑音を象徴しつつ、それと共にある日常や感情との共存をも思わせる詩的な表現である。

プロデュースは、グラミー受賞歴を持つTony Doogan（前作に続いて参加）に加えて、Dave Fridmann（The Flaming Lips、MGMT、Mercury Rev）という鬼才が共同で担当。
このタッグによって、サイケポップ的な色彩や空間的なミックスが実現され、Wintersleep史上もっとも幻想的かつポップな一枚に仕上がっている。

全曲レビュー

1. Hum

アルバム冒頭を飾る静謐な導入曲。
持続するハム音のようなシンセとギターが、まるで夢の扉を開くようにゆっくりと広がる。
不安と期待が交錯するトーンが、アルバム全体の感触を提示している。

2. In Came the Flood

本作でもっともエネルギッシュなロック・チューンのひとつ。
豪雨のように押し寄せるギターとリズム、そして洪水の比喩は、予期せぬ感情や状況に飲み込まれる様を表している。
リフの繰り返しがもたらす陶酔感も特徴。

3. Nothing Is Anything (Without You)

シングルカットされた、ポップで親密な雰囲気を持つラブソング。
シンプルな言葉の繰り返しが、逆に感情の強さを際立たせる構造となっている。
ノスタルジックなメロディが、温かくも切ない余韻を残す。

4. Resuscitate

シンセとギターが美しく交錯する、アップテンポなナンバー。
“蘇生”というテーマは、音楽による再生や日常の中の希望を想起させる。
コーラスの多重録音が空間的広がりをもたらしており、Fridmannのプロダクションが活きたトラックでもある。

5. Permanent Sigh

メランコリックでドリーミーな一曲。
“永久のため息”という象徴的なタイトルが示す通り、幸福と諦念の狭間を漂う感情を描く。
ぼやけたシンセと遠くで鳴るドラムが、まるで意識の深層を映し出すようだ。

6. Saving Song

ストレートで誠実な構成を持つ、バンドらしさが滲む一曲。
タイトルが示すように、音楽や人が人を“救う”可能性について歌っている。
ミッドテンポながら、リリックと演奏のシンクロに感情が高ぶる。

7. Rapture

パーカッシブで変則的なリズムが印象的。
“恍惚”や“忘我”をテーマにしており、宗教的とも官能的とも取れる世界観を提示する。
不安定さと快楽性が同居する構成が秀逸。

8. Someone, Somewhere

語りかけるようなヴォーカルと、簡素なバッキングによる静かな楽曲。
“誰か、どこかで”という抽象的なタイトルが示すように、孤独とつながりの間で揺れる心情を描写。
中盤の盛り上がりは控えめながら非常にエモーショナル。

9. Zones

このアルバムでもっともサイケデリックな楽曲のひとつ。
エフェクトを多用したギターと空間処理が支配的で、異なる“ゾーン”を通過するような音の迷宮に誘われる。
終盤の崩壊的展開が印象に残る。

10. Smoke

“煙”というタイトルにふさわしく、視界がぼやけたような音像が特徴。
感情の曖昧さや、記憶の揺らぎを描いたリリックと、淡く流れるシンセが見事に調和している。
喪失と追憶の余韻を残す、内省的な佳曲。

11. Everyday

アルバムのラストを飾る、シンプルで穏やかなトラック。
日常の些細な出来事や感情を肯定するような詩が、アルバムの閉じ方として非常に温かい。
まるで夜が明けるような安堵感とともに、静かに幕を閉じる。

総評

『Hello Hum』は、Wintersleepにとっての“変化”と“再構築”のアルバムである。
過去の重厚で暗い音像から一歩離れ、夢のように漂うサウンドと開かれたポップ性へと舵を切った本作は、彼らの柔軟性と進化する意思を証明している。

Dave Fridmannの関与も大きく、彼特有の色彩豊かなサイケ・プロダクションがWintersleepの内省的な楽曲と出会ったことで、唯一無二の音風景が生まれた。
一方で、歌詞やテーマには依然として孤独、不安、記憶といった彼らの核が生きており、単なるポップ化には終わらない深みがある。

“ハム音”——つまり絶え間なく鳴る音——に耳を澄ますことで、見落としていた感情や記憶に気づかされるような感覚。
このアルバムは、そうした日常の中の“気づき”を促す、優しくも挑戦的な作品なのである。

制作の裏側（Behind the Scenes）

『Hello Hum』のレコーディングは、カナダとニューヨークの複数スタジオで行われ、デジタルとアナログの機材が併用された。
特にFridmannによる音響処理は大胆で、テープエコーやアナログシンセ、変則マイク配置などが積極的に用いられたという。

また、アルバム制作中の夢や幻覚的体験がそのままリリックや音作りに反映されており、メンバーは「現実と非現実の境界線が曖昧になるような音楽を目指した」と語っている。

音楽的だけでなく、心理的にも“内なるノイズ＝ハム音”をどう鳴らすか。
その問いに正面から向き合った作品である。