発売日: 1973年1月
ジャンル: ブルースロック、ハードロック、ソウルロック
壊れた心の先に——終焉の中に宿る、最後の情熱
『Heartbreaker』は、英国ブルースロック・バンドFreeの6枚目にして最後のスタジオ・アルバムである。
前作『Free at Last』の直後、ギタリストPaul Kossoffの健康状態がさらに悪化し、レコーディングへの参加は断続的となった。代役として、セッション・ギタリストWendell RichardsonやSnuffy Waldenが加わり、結果として本作はFree本来の“4人のケミストリー”が完全には再現されないまま完成している。
それでもなお、本作にはFreeというバンドの精神と魂の最終的な発露がある。
タイトルが示す通り、“壊れた心”を抱えながらも、音楽だけは嘘をつかないという誠実さが、静かに、しかし強く響いてくるのだ。
全曲レビュー
1. Wishing Well
アルバムの代表曲にして、後期Freeを象徴するハードロック・ナンバー。
力強くも哀しみを帯びたリフと、ロジャースの渾身のヴォーカルが炸裂する。
“願いの井戸”というタイトルが示すように、希望と絶望が交差する祈りの歌。
2. Come Together in the Morning
タイトルに反して、スローで深みのあるブルース・バラード。
コゾフのギターが織りなす濃密なフレーズが、夜明けの不安と希望を同時に描く。
3. Travellin’ Man
軽快でシンプルなロックンロール。
“旅を続ける男”の孤独と自由を描きながら、バンド自身の終着点をほのめかすようでもある。
4. Heartbreaker
アルバムのタイトル曲にして、コゾフが唯一全面的にギターを担当した楽曲。
彼の魂のようなギターと、ポール・ロジャースの抑制された悲しみが融合した、本作の感情的な核ともいえる名曲。
5. Muddy Water
アメリカ南部を思わせるフォーキーでブルージーなナンバー。
“濁った水”は、人生の行き詰まりや内面の苦悩のメタファーとして機能している。
6. Common Mortal Man
人間の弱さと平等性を静かに歌い上げる、哲学的で叙情的なバラード。
内省的で穏やかながら、深く残るメッセージ性を持つ。
7. Easy on My Soul
もともとは『Free at Last』のセッションで録音された楽曲。
“俺の魂を静かにしてくれ”という繰り返しが、まさに壊れかけたバンドの切実な願いのように響く。
8. Seven Angels
アルバムを締めくくる、壮大で希望に満ちたバラード。
“七人の天使”という宗教的イメージが、ある種の救済と終末感を象徴する。
演奏とヴォーカルが最後に向けて徐々に昇華していく様は、Freeの終章にふさわしい音の祈りである。
総評
『Heartbreaker』は、Freeというバンドの終焉を刻む作品であると同時に、その名前が示すように、感情の破片を丁寧に拾い集めたアルバムでもある。
演奏の完成度や結束力は過去作に及ばない部分もあるが、それを補って余りある誠実さと魂の叫びがここにはある。
ギタリストPaul Kossoffはこの後、1976年にわずか25歳でこの世を去る。
その運命を知るいま、彼の最後の演奏が刻まれた本作は、ブルースロックの最も静かで激しい瞬間の記録とも言える。
Freeは終わった。だがその音楽は、心を壊されながらも歌い続ける者たちすべてに向けて、今もなお響き続けている。
おすすめアルバム
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Bad Company – Burnin’ Sky
Free解散後のポール・ロジャースが到達した渋みと哀愁の結晶。 -
Humble Pie – Street Rats
バンド終末期における荒削りなブルースロックの美学が共通する。 -
The Rolling Stones – Goats Head Soup
内省と退廃が支配する70年代初頭のロック作品として重なる空気感。 -
The Faces – Ooh La La
解散直前に放たれた、哀愁と自由が同居するスワンプ・ロックの傑作。 -
Paul Kossoff – Back Street Crawler
Free以後のコゾフが刻んだ、魂の余韻と深い孤独のギターアルバム。
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