
発売日: 1980年10月29日
ジャンル: カントリー・ロック、フォーク・ロック、アメリカーナ
鷹と鳩のあいだで——Neil Young、時代の転換点に鳴らした“対照の音”
『Hawks & Doves』は、Neil Youngが1980年に発表した11作目のスタジオ・アルバムであり、1970年代の終わりと1980年代の幕開け、その過渡期のムードを静かに、そして時に挑発的に映し出した作品である。
このアルバムはサイドAとサイドBで明確にトーンが異なる構成が特徴的で、前半(Side A)は1974年から1977年の間に録音された内省的で繊細なアコースティック作品群、後半(Side B)は1980年に録音されたよりシンプルで、時にパトリオティックなカントリー・ロックナンバーが並んでいる。
つまり本作は、ヤングの“詩人としての過去”と“アメリカ人としての現在”がぶつかり合うアルバムでもあり、政治性と個人性、感傷と皮肉が交差する短編小説集のような味わいを持っている。
全曲レビュー
1. Little Wing
ギターとフィドルが優しく寄り添う小曲。決してジミ・ヘンドリックスのそれとは関係なく、愛と季節の移ろいを描いた詩的な小品。
2. The Old Homestead
11分近い大作。象徴的なイメージを連ねながら、孤独と神話、芸術家としての自己を抽象的に語るメタフォーク。 『Homegrown』期の録音。
3. Lost in Space
シンセとアコースティックが絡む、どこか異次元的な浮遊感を持つバラード。タイトル通り、精神的に“宇宙で迷子”になったような脱力と孤独を感じさせる。
4. Captain Kennedy
ベトナム帰還兵をモデルにしたとされる楽曲。海と戦争のイメージが静かに語られるナラティヴ・フォークで、個の記憶が歴史と交錯する。
5. Stayin’ Power
ここからアルバムのトーンが一転。軽快で陽気なカントリー・ナンバー。歌詞には保守的な価値観の香りも漂い、当時の批評家の間で議論を呼んだ。
6. Coastline
アメリカの“海辺”を舞台にしたカントリー・スケッチ。ストレートな演奏とシンプルな語り口が、ある種のアメリカ讃歌として機能している。
7. Union Man
組合員を主人公にした風刺的な一曲。政治と日常を結びつけるようなユーモアと批評性が共存するカントリー・トラッド風トラック。
8. Comin’ Apart at Every Nail
ばらばらに崩れかけた精神と国家を重ねるような曲。構成は簡素だが、歌詞には深い諦観と批判がにじむ。
9. Hawks & Doves
タイトル曲にして、本作のコンセプトを最も象徴するカントリー・ナンバー。
「私はこの国を愛している、神の思し召しであれ」——この一節に、ニール・ヤングが当時のアメリカをどのように見ていたかが凝縮されている。
総評
『Hawks & Doves』は、Neil Youngのアルバムの中でも特に“転調の妙”が際立つ異色作である。
前半の美しいアコースティック作品群は、過去作『Comes a Time』や『Harvest』の流れを汲むが、後半の“素朴なアメリカン・スピリット”にはあえて素朴に構えた皮肉や警鐘、あるいは保守的な価値観への接近が読み取れる。
これを“保守化”と捉える向きもあるが、むしろヤングはアメリカというフィクションに対する複雑な感情——愛情と諦め、誇りと失望——を真正面から描こうとしたのではないか。
アルバムとしての一貫性は乏しいが、それゆえに本作は矛盾に満ちた“人間としてのNeil Young”の姿がもっともリアルに記録された一枚でもある。
おすすめアルバム
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American Stars ‘n Bars / Neil Young
本作と同様にアーカイブ的構成で、多様なスタイルが詰まった実験的フォーク・ロック集。 -
Homegrown / Neil Young
『Hawks & Doves』前半に繋がる、1970年代の繊細で内省的な音楽の源泉。 -
Nebraska / Bruce Springsteen
政治と個人、社会と心の交差点を静かな語りで描いた傑作。 -
The Times They Are A-Changin’ / Bob Dylan
60年代フォークによる社会的語りの原点。ヤングの前半楽曲と通底。 -
Old Ways / Neil Young
より明確にカントリー志向を打ち出した1980年代のフォローアップ作。南部アメリカのイメージと葛藤を深堀りする。
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