発売日: 1976年11月
ジャンル: ソウル、サザンソウル、R&B
概要
『Have a Good Time』は、アル・グリーンが1976年に発表した9作目のスタジオアルバムであり、
彼が世俗のソウルミュージックとスピリチュアルな志向の間で揺れ動く中で制作された作品である。
本作も引き続きウィリー・ミッチェルがプロデュースを担当。
Hiスタジオのスムースな演奏と温かみのあるホーンセクションは健在で、
その中でグリーンは快楽、愛、そして内面の葛藤をテーマに、
かつてないほどリラックスしながらも、どこか憂いを帯びた歌声を響かせている。
「Have a Good Time（楽しめばいい）」というタイトルとは裏腹に、
アルバム全体には、刹那的な喜びの中に潜む孤独感が静かに漂っている。
この微妙なバランス感覚こそ、70年代後半のグリーンを象徴しているのである。
全曲レビュー
1. Keep Me Cryin’
心の痛みと愛への渇望をテーマにしたミディアムソウル。
切なくもしなやかなグルーヴが胸に沁みる。
2. Smile a Little Bit More
小さな微笑みが持つ力を優しく歌いかける。
穏やかなリズムとファルセットが心を和ませる一曲。
3. I Tried to Tell Myself
恋愛における自己欺瞞と後悔を、
グリーンらしい柔らかさとほろ苦さを交えて描いたバラード。
4. Something
ジョージ・ハリスン作のビートルズ・クラシックをカバー。
原曲の優雅な旋律に、グリーン特有のスピリチュアルな深みが加わっている。
5. Have a Good Time
タイトル曲。
表面的にはパーティー的なムードだが、
その裏に漂う孤独と虚しさを感じさせる、二重構造を持つナンバー。
6. Nothing Takes the Place of You
恋人への想いを静かに綴る、メランコリックなバラード。
グリーンの吐息まじりの歌声が切ない余韻を残す。
7. Happy
一見、明るいタイトルだが、
本当の幸福とは何かを問いかけるような、ほのかな哀愁を帯びたミディアムテンポ。
8. The Truth Marches On
社会的、精神的な真実を探求するスピリチュアルなナンバー。
シンプルながら力強いメッセージが込められている。
9. Blessed
ゴスペル色の濃いラストナンバー。
祝福されることの感謝と謙虚さを、静かに、しかし力強く歌い上げる。
総評
『Have a Good Time』は、アル・グリーンの二つの世界への引き裂かれた思いを、
そのままサウンドに封じ込めたアルバムである。
一方では、甘くスムースなHiサウンドに身を任せ、
恋と楽しみを歌う。
しかしもう一方では、
どこか満たされぬ孤独と、
より深い救済への渇望が静かに滲み出している。
アルバム全体を覆う”軽やかさ”の裏にある、
小さな寂しさと祈り――
それこそが『Have a Good Time』の本当の魅力なのだ。
この作品をもって、グリーンは徐々にゴスペルミュージックへの道を歩み始める。
その意味でも、**キャリアの中で重要な”転換点”**を刻んだ一枚なのである。
おすすめアルバム
- Al Green / Full of Fire
本作に先立つ、スピリチュアルな葛藤を描いた傑作。 - Al Green / The Belle Album
より明確に宗教的テーマへと向かった、グリーンの転機作。 - Curtis Mayfield / Sweet Exorcist
内省と希望をテーマにした、知性派ソウルの傑作。 - Aretha Franklin / Let Me in Your Life
個人の愛と信仰を力強く歌い上げた、アレサの代表作。 -
Bobby Womack / I Don’t Know What the World Is Coming To
同時代の迷いと希望を反映させた深みのあるソウルアルバム。
歌詞の深読みと文化的背景
1976年――
アメリカはベトナム戦争後の混乱と経済不安に揺れ、
音楽シーンではディスコが台頭し、
軽やかな快楽主義が求められる時代へと移行していた。
そんな中で、アル・グリーンは表面的には”楽しもう”と歌いながらも、
その裏側で、
**”それだけでは満たされない魂”**を見つめ続けていた。
「Have a Good Time」というタイトル自体が、
その二重性を象徴している。
本当の幸福とは何か、
満たされない心をどう抱えて生きるのか――
『Have a Good Time』は、
時代の浮かれた空気に抗うことなく、
しかし静かに、
“もっと深い場所”への旅路を始めたアルバムなのである。
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