発売日: 2003年9月7日（UK） ※USリリースは未定のまま延期
ジャンル: パワーポップ、オルタナティヴ・ロック、アコースティック・ポップ
概要
『Hand Over Your Loved Ones』は、アメリカのパワーポップ・バンド Wheatus（ウィータス） による2作目のスタジオ・アルバムであり、
デビュー作『Wheatus』（2000年）で「Teenage Dirtbag」の世界的ヒットを記録した後の、“それでもやりたい音楽を貫いた”試みの記録である。
本作は、ブレンダン・ブラウンのソングライティングがよりパーソナルに、かつ大胆に進化したアルバムであるが、
米国でのレーベルとのトラブル（Columbia Recordsとの契約問題）により、US盤の流通が見送られ、
後に**自身のレーベル「Montauk Mantis」からセルフ・リリースし直したリワーク版『Suck Fony』（2005年）**として再登場するという、
非常に不遇な運命をたどった作品でもある。
前作にあったユーモラスなポップパンクの要素は後退し、
代わりに、豊かなメロディとアコースティック寄りのバンドサウンド、そして“裏声”を多用した甘く儚い歌唱が前面に押し出されている。
“あのヒット曲のバンド”ではなく、ひとつのメロディ・メイカーとしてのWheatusを評価すべき、隠れた良作だ。
全曲レビュー
1. American In Amsterdam
ツアー先での疎外感と不安、そして自由を感じた記憶が交差するナード的ツーリズムの記録。
タイトル通り“オランダにいるアメリカ人”の視点から、ポップに異文化体験を描く叙情的なナンバー。
美しいハーモニーと淡いコード進行が心地よい。
2. The Song That I Wrote When You Dissed Me
タイトルの通り、失恋の腹いせに書いたような軽妙な“仕返しソング”。
だがメロディはどこまでも爽やかで、むしろ失恋をポップに昇華した快作。
歌詞の皮肉とコーラスの甘さのコントラストが秀逸。
3. Anyway
人生や恋愛の“不確かさ”をテーマにした、ミドルテンポのパワーポップ。
「それでもやるんだよ」という諦観と前向きさが共存している。
控えめなアコースティックギターが曲全体に温かさを与えている。
4. London Sun
ロンドン滞在時の寂しさと期待が綴られたナンバー。
“ロンドンの太陽”という逆説的なタイトルに、ブレンダンらしい曇天の下のユーモアが漂う。
ウィスパーボイスの多用で、夢と現実の狭間を描くような音像。
5. Randall
架空のキャラクター“ランドール”を通じて描かれるストーリーテリング・ソング。
人生のすれ違いや誤解、“本当のことは語られないまま過ぎていく”という寂しさが染み込む。
後半のドラマティックな展開が素晴らしい。
6. Freak On
唯一、前作のテイストに近いキャッチーでシニカルなアップテンポ曲。
“変人で何が悪い”という開き直りが、ナードポップの真骨頂として炸裂する。
サビの勢いはライブ映え間違いなし。
7. Lemonade
一見甘酸っぱいラブソングだが、実際は無関心とすれ違いを描いたビタースイートな一曲。
“レモネードのように見えても、実は…”という感情の裏表が巧みに表現されている。
8. Dynomite Satchel of Pain
最も異色で実験的なトラック。
“痛みの爆薬入りバッグ”という謎のメタファーが、感情の爆発と自己破壊願望をユーモラスに表す。
ラップ調のフレーズと変拍子的リズムがWheatus流の“変態性”を示す。
9. Love Is A Mutt From Hell（再録）
前作収録曲の再録だが、アレンジとミキシングが緻密になり、より洗練された仕上がりに。
ブレンダンの裏声がより際立ち、この曲が彼にとって重要なテーマであることを再認識させる。
総評
『Hand Over Your Loved Ones』は、**一発屋と思われがちなWheatusの真の実力を示した“作家性重視のセカンド”**である。
ヒットへの期待からは距離を取り、シンプルに良いメロディを届けること、感情を精緻に描くことに集中した一枚。
デビュー作にあったパンキッシュな破壊力や中二病的なポップセンスはやや控えめになったが、
その分、日常の中のささやかな感情やナード的繊細さを、ギターと声で丁寧に掬い取るような作品となっている。
商業的には不遇だったものの、Wheatusが自分たちのペースで音楽と向き合っていることを静かに伝える名盤として、
ファンの間では“実は一番好きなアルバム”と評価されることも多い。
おすすめアルバム
- Ben Folds『Rockin’ the Suburbs』
ナードでピアノ主体のポップ。ユーモアと誠実さが共通。 - Fountains of Wayne『Traffic and Weather』
ストーリーテリング型ポップソングの秀作。街角の情景が見える。 - They Might Be Giants『John Henry』
知的で風変わりなバンドの、ポップな一面と実験性の共存。 - The Eels『Daisies of the Galaxy』
陰と陽、痛みと希望を紙一重で描くバンドといえば彼ら。 -
Jimmy Eat World『Clarity』
内省的でエモーショナルな楽曲を、控えめな爆発力で届ける。
ファンや評論家の反応
『Hand Over Your Loved Ones』は、当初リリースと同時に商業的に沈黙してしまった“埋もれた良盤”であったが、
のちにセルフリリースされた『Suck Fony』を通じて、「この作品こそWheatusの本質だった」と再評価されるようになった。
批評家の間でも、“Teenage Dirtbagの呪縛を超えようとしたアルバム”として、
非常に誠実かつ勇気ある方向転換とされ、音楽的成熟に驚きの声が集まった。
『Hand Over Your Loved Ones』は、表面的なヒットとは無縁の場所で鳴り響く、
ささやかながら確かな“愛されたがっている音楽”そのものだ。
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