1. 歌詞の概要
「Great No One」は、The Beths(ザ・ベス)が2018年にリリースしたデビューアルバム『Future Me Hates Me』に収録された楽曲であり、「期待されていないこと」――すなわち「無名であること」や「注目されないこと」への居心地のよさと、そこに潜む不安を、疾走感あるギターポップの中で描き出した曲である。
“Great No One(偉大なる無名の人)”というタイトルは、一見して矛盾をはらんでいるように思えるが、まさにそこにこの曲の主題がある。つまり「何者かにならなければならない」という現代社会の強迫観念に対して、「何者でもないままでいい」と肯定する気持ちと、「本当は何者かになりたいのでは」という迷いが、せめぎ合っているのだ。
これは、アーティストとしての葛藤であると同時に、誰もが一度は感じる“自分は十分に特別なのか?”という問いへの静かな応答でもある。The Bethsはその問いに、皮肉でも虚勢でもなく、誠実な曖昧さで向き合っている。
2. 歌詞のバックグラウンド
この曲は、Elizabeth Stokesのパーソナルな感情とリンクしている。彼女はインタビューの中で、「自信のなさや自分の価値に対する疑問は、日常的に感じること」だと語っている。特にバンドとしての成功が始まりつつあった時期に、まさに“注目され始めることへの不安”と“まだ何者でもないという安心感”の狭間にいたことが、この曲の背景にある。
「Great No One」は、そのようなアイデンティティの不確かさや、不完全さを抱えたままでも音楽を鳴らすという選択を、明るく軽快なサウンドで表現している。イントロのギターフレーズからして、どこか無邪気で、すぐに口ずさみたくなるような親しみやすさがありながらも、歌詞には苦くて複雑な心の揺れが隠されている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
I’m going to do everything
私は、何だってやってやるつもりThat I want to do
自分がやりたいこと、全部I’m going to be great, no one
私は、“偉大なる無名の人”になるんだAnd I’ll be safe from harm
そうすれば、傷つかずに済むからDon’t remind me
思い出させないでI’m afraid of everything
私は、本当は何だって怖いんだから
歌詞引用元:Genius Lyrics – Great No One
4. 歌詞の考察
この曲の歌詞に流れているのは、「大きなことを成し遂げること」よりも、「傷つかずにいられる場所にいたい」という願望である。語り手は、何者かになることに魅力を感じながらも、その代償――批判されること、期待されること、失敗すること――を無意識に恐れている。
だからこそ、「偉大なる無名の人」というアイロニカルな表現が出てくる。無名であることは安全である。誰にも期待されていないから、失望させることもない。でも、その“安全地帯”にいる自分を、どこかで“臆病”と感じてしまう自己矛盾も同時に描かれている。
また、「Don’t remind me(思い出させないで)」というリフレインには、抑えてきた感情が溢れ出しそうになる瞬間の“心のブレーキ”のような痛切さがある。この一節があるからこそ、明るいメロディの裏に隠された内面の揺れが、よりリアルに響いてくる。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Shark Attack 2006 by Julian Baker
人に見られることの恐さと、見られなさすぎることの寂しさを描いた静かな名曲。 - Pressure to Party by Julia Jacklin
周囲の期待と自分の感情の不一致を、ポップにぶつけた等身大のバラード。 - Do You Need Me Now? by Mazzy Star
“誰かに必要とされたい”という気持ちの根源に触れる、静かな疑問のラブソング。 - Self Control by Frank Ocean
関係性の終わりと、それをどう受け入れていくかの過程を繊細に綴った美しい一曲。
6. “何者かにならなくても、私でいい”
「Great No One」は、The Bethsが持つ等身大の誠実さと、音楽的な軽快さが完璧に融合した楽曲である。それは「私はこのままでいいの?」という問いに、「いいんだよ」と優しく応えてくれる歌でもある。
この曲は、ポジティブでもネガティブでもない。“中間”の感情――自信と不安、期待と回避の狭間で揺れる心――をそのままに肯定してくれる。だからこそ、聴き手はそこに自分の姿を見出し、ほっとするのだ。
何者かになろうとしなくても、無名であっても、あなたの声には価値がある。その声が、今日も音になって届いている。それだけで、きっと十分なのだ。「Great No One」は、そんなささやかな真実を、高らかに、しかし控えめに歌い上げる名曲である。
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