1. 歌詞の概要
「Gouge Away(ゴウジ・アウェイ)」は、Pixiesが1989年にリリースしたセカンド・アルバム『Doolittle』のラストを飾る楽曲であり、その静けさと暴力性、そして神話的な深みを併せ持った構成で、アルバム全体を象徴するような一曲となっている。
タイトルの「gouge away」とは、「えぐり取る」「抉り取る」という過激な意味を持つ表現であり、すでにその言葉の響きだけで、破壊や痛み、自己消費といったイメージが呼び起こされる。
歌詞の表層には、旧約聖書『士師記』に登場するサムソンとデリラの物語が下敷きになっている。サムソンは神から力を授かった戦士であり、その力は切られていない髪に宿るという設定がある。彼は愛人デリラに裏切られ、髪を切られたことで力を失い、敵に囚われ、両目を抉り取られてしまう——まさに「gouge away」である。
Pixiesはこの神話的な悲劇を、あくまで現代的なアングルで語り直し、そこに性的欲望、暴力、信仰と裏切り、自己喪失といったテーマを複雑に織り交ぜている。歌詞はあいまいで断片的だが、まさにそれゆえに、聴き手それぞれが自分の“喪失”の物語をそこに重ねることができるのだ。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Gouge Away」は、『Doolittle』というアルバム全体の中でも最もダークでスローなテンポを持つ楽曲であり、アルバムのエネルギーを内面へと向けて沈静化させるような役割を果たしている。
この曲が描いているサムソンの物語は、Pixiesがたびたび取り上げる聖書や宗教的イメージの中でも、特に“力を持つ者が堕ちる瞬間”を強く象徴している。Black Francis(フランク・ブラック)は、歌詞を書くにあたって神話や聖書、SF、ホラーといったジャンルからしばしばインスピレーションを得ており、この曲もその例外ではない。
一方で、曲の演奏自体は非常に静謐で、ヴァースでは囁くようなボーカルと淡々としたリズムが続く。だがサビでは一転してギターとドラムが爆発的に加速し、怒りや悲鳴が突き刺さるように放たれる。これはPixiesの代表的な手法「ラウド・クワイエット・ラウド」の典型であり、曲のテーマと構成が完璧に一致している。
3. 歌詞の抜粋と和訳
引用元:Genius Lyrics – Pixies “Gouge Away”
Gouge away / You can gouge away / Stay all day / If you want to
えぐり取れ どこまでもえぐり取れ ずっとそこにいろ 望むのなら
Missy aggravation / Some sacred questions / You stroke my locks / Some marijuana if you got some
苛立ったミス・アグラヴェイション いくつかの神聖な問いかけ
君は俺の髪に触れた マリファナがあるなら吸ってもいい
Gouge away / You can gouge away / Stay all day / If you want to
えぐり取れ 何もかもえぐり取れ ずっとここにいろ もしそうしたいなら
4. 歌詞の考察
「Gouge Away」の歌詞は、断片的でありながらも明確な暴力性と官能性を帯びている。それはまるで夢の断片のように、映像的で曖昧なまま流れ、語り手と対象者の関係性さえもつかみづらい。
ただ、反復される「gouge away」というフレーズの強烈さによって、そこに“痛み”や“抉り取られる何か”の存在が明確に浮かび上がる。それは肉体の一部かもしれないし、信仰、自己、自我の核のようなものかもしれない。
語り手は「you can gouge away(君は抉り取っていいんだ)」と許可を与えている。これは自己犠牲、服従、または絶望的な愛の表現とも読める。しかもその行為が「if you want to(望むなら)」と続くことで、関係性の主導権が完全に相手に握られていることが示唆されている。
“髪に触れる”という描写は、旧約聖書におけるサムソンの力の源を示すものであり、同時に親密な身体的接触の象徴でもある。そこに「sacred questions(神聖な問い)」が重なり、肉体的快楽と精神的探求の矛盾が浮かび上がる。
「Gouge Away」はPixiesが常に描いてきた“愛と破壊”“肉と霊”“支配と従属”といった二項対立を象徴する作品であり、最後には自らの目を抉るような、自己解体への衝動として結実していく。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Something in the Way by Nirvana
淡々とした演奏と絶望的な語り口が印象的な楽曲。Pixiesが切り開いた“静寂と沈痛”の系譜にある。 - Planet Caravan by Black Sabbath
幻想的でサイケデリックな旅のようなスロー・トラック。宗教性と脱力感の共存が「Gouge Away」に通じる。 - Dagger by Slowdive
喪失と静けさが支配する終末的なバラード。ピクシーズの内省的な側面を気に入った人には響くだろう。 - Monkey Gone to Heaven by Pixies
『Doolittle』からのもうひとつの象徴的楽曲。宗教と環境問題をテーマにしたスピリチュアルなロック。
6. “終わり”に込められた祈りと暴力
「Gouge Away」は、『Doolittle』という強烈なアルバムの“終わり”に置かれることで、単なる1曲以上の意味を持つ。
この曲がアルバムの最後にあることで、それまで爆発的に放たれてきた音と感情が、最後には静かに、しかし不穏に沈降していく。まるで、一連の混沌と狂気が去った後に残る“真実”のような、言葉にできない空虚と痛みが、この曲には宿っている。
“えぐり取る”という行為は、単なる暴力ではなく、過去、記憶、欲望、そして自分自身を削ぎ落とすような、終末的な浄化のようにも感じられる。
「Gouge Away」は、Pixiesというバンドが持つ暴力性と詩的感性、そして深い神話的イメージの融合であり、彼らの音楽がいかに単純なラウド・ロックに収まらないものであったかを象徴する楽曲である。
その叫びと囁きの狭間に、何を聞き取るかは聴き手に委ねられている。だがひとつ確かなのは、この曲が聴く者の中に、かすかな傷痕を残すということだ。静かに、確かに。
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