
発売日: 1986年12月
ジャンル: ハードロック、ポップ・ロック、ガレージロック
概要
『Good Music』は、Joan Jett & The Blackheartsが1986年に発表した5作目のスタジオ・アルバムであり、**パンクの衝動とロックンロールの信仰をポップ文脈で再構築した“野心的な異色作”**である。
前作『Glorious Results of a Misspent Youth』が原点回帰的なガレージ・ロックを貫いたのに対し、本作はより洗練されたサウンドプロダクションとポップ感覚の導入が際立つ。
プロデューサーにはKenny Lagunaに加え、Dave Stewart(Eurythmics)も参加しており、バンドサウンドに電子的な彩りと80年代的な厚みが加わった。
その一方で、“Good Music”という極めて率直なタイトルが示す通り、本作はJoan Jettが10代の頃から愛してやまないロックの伝統に対する純粋なオマージュでもある。
Chuck BerryからThe Doors、The Beach Boysに至るまで、さまざまなカバー曲が散りばめられており、彼女のルーツが見事に可視化されている。
商業的にはヒットとまでは言えなかったが、アーティストとしての成熟と、音楽そのものへの無垢な愛情を同時に鳴らす作品として、ファンの間では根強い人気を誇る一枚である。
全曲レビュー
1. Good Music
タイトル曲にして、アルバム全体のテーマを象徴するアンセム。
「自分が信じる“グッド・ミュージック”こそがすべて」と歌い上げるこの曲は、Joan Jettの美学=音楽への誠実さと誇りをストレートに表現している。
R&B〜ブギウギのリズムに現代的なアレンジを加えたような構成で、肩の力が抜けた楽しさがある。
2. This Means War
アルバム中でもっともハードなナンバー。
シンセの導入によって、ヘヴィさと80s的煌びやかさが共存しており、Joan Jettの戦う女像が近未来SF風に再解釈されたような一曲。
歌詞は政治的・社会的にも読める二重性があり、80年代冷戦下の空気ともリンクする。
3. Roadrunner
Jonathan RichmanによるThe Modern Loversのカバー。
Joan Jettはこの曲をまるで自分の人生のテーマソングのように咆哮し、爆走するように歌う。
パンク以前の“ロック・プリミティブ”な感覚が詰まっており、彼女のルーツの明確な表明とも言える。
4. If Ya Want My Love
シンプルでストレートなラブソング。
タイトルに込められたメッセージは「もし私の愛が欲しいなら、それに値することをして」という、自己決定と愛情の両立を描いた強さがある。
ポップで耳馴染みが良く、80年代のラジオ向けロックとしての完成度も高い。
5. Fun, Fun, Fun
The Beach Boysの名曲をJoan Jett流にリアレンジ。
サーフロックの軽やかさに、ガレージロックのダーティーさを混ぜたアレンジがユニークで、原曲を知っているほどに驚きがある。
Joanがこの曲を選んだ理由は明白──自由と若さの象徴としての“車”と“音楽”は、彼女の思想と完全に重なるのだ。
6. Black Leather
元々はThe Runawaysの未発表曲で、後にThe ProfessionalsやSex Pistols周辺の作品として知られる。
Joanのバージョンは、ハードエッジかつメタリックな質感が強調されており、80年代の産業ロックに肉薄する。
“黒いレザー”というアイコンは、ファッション以上に反骨の象徴でもある。
7. Outlaw
“私はアウトローだ”という宣言的ナンバー。
Joan Jettがキャリアを通じて築いてきた**“主流から外れても、信念を曲げない”という精神性**が最も色濃く表れている。
ギターリフもシンプルで力強く、聴く者の背中を押す一曲。
8. Only the Strong Survive
Joanにしては珍しい、ソウル色の強いナンバー。
強くあろうとするすべての人へ向けた応援歌でありながら、その強さの裏にある優しさや痛みをそっと包み込むような構成。
ブラック・ミュージックへの敬意も滲む佳曲。
9. Long Time
穏やかなイントロから始まる、叙情的なロック・バラード。
愛する人への再会、あるいは離別の余韻がテーマとなっており、Joan Jettの“荒々しくない”感情表現が印象に残る。
曲の中盤から盛り上がるダイナミズムが感情の高まりを見事に表現。
10. Push and Stomp
アルバムの中で最もダンサブルなパンク・ロック。
タイトル通り、押しては引き、踏み鳴らすようなクラブロック的アプローチで、後のRiot Grrrlやダンス・パンクにも通じるエネルギーがある。
Joanのシャウトが冴え渡るライブ向けナンバー。
11. Contact
SF的な世界観と恋愛が交差する、ユニークなトラック。
“接触=Contact”という言葉が、物理的距離だけでなく精神的な交信や信頼の獲得を意味しているようにも聴こえる。
サウンドにはEurythmics的なデジタル感もあり、Dave Stewartとの共作の色が感じられる。
総評
『Good Music』は、Joan Jettが自らの音楽的バックグラウンドを80年代という“過剰の時代”に投げかけたクロスオーバー・アルバムである。
ハードロック、パンク、R&B、ポップス、グラム──あらゆるロックの遺伝子が本作には詰め込まれているが、それらを一貫させるのはJoan Jettというブレない声と意志である。
ポップに傾きすぎず、かといってDIYの枠に留まることもせず、自分の好きな音楽を自分の声で鳴らすという純粋さがタイトル通りの“Good Music”として響いてくる。
派手な評価には恵まれなかったが、Joan Jettが最も自由に、最も多彩に音楽を楽しんでいたアルバムとして、今こそ再発見されるべき作品である。
おすすめアルバム(5枚)
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Pat Benatar – Seven the Hard Way (1985)
80sロック×女性ボーカルの成熟期を象徴する一枚。 -
The Pretenders – Get Close (1986)
Joan Jettと同様、ポップとパンクを横断するChrissie Hyndeの名作。 -
Eurythmics – Revenge (1986)
Dave Stewartつながりで。エレクトロとロックの絶妙な融合。 -
Debbie Harry – Rockbird (1986)
Blondie解散後のソロ作。Joan同様、80sらしいポップとパンクの狭間を漂う音。 -
Buzzcocks – Trade Test Transmissions (1993)
80年代以降のパンク遺伝子の進化形。Joan Jettと同じく、ブレずに歩み続けた者の音。
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