発売日: 1986年11月10日
ジャンル: ゴシック・ロック、ポストパンク、オルタナティブ・ロック
概要
『God’s Own Medicine』は、The Mission（後にThe Mission UKとしても知られる）が1986年に発表したデビュー・アルバムであり、
ゴシック・ロックの重厚な美学と叙情的な叩きつけを兼ね備えた、荘厳かつ耽美的な名盤である。
The Sisters of Mercyから脱退したWayne HusseyとCraig Adamsが中心となって結成されたこのバンドは、
当初からThe CultやFields of the Nephilimと並ぶ**“セカンド・ウェイヴ・ゴス”の先導者**として注目を集めた。
本作では、教会音楽的なオルガン、エコーの深いギター、宗教と性愛をモチーフにした歌詞など、
ゴシック・ロックの典型的構成要素を採りながら、よりメロディアスかつスケール感のある叙事詩的サウンドを提示。
イギリスのダーク・サブカルチャーとロマン主義を結びつけた、80年代後半の耽美派ロックの代表作として高く評価されている。
全曲レビュー
1. Wasteland
アルバムの冒頭を飾る、ギターの残響とシャッフル・ビートが印象的な代表曲。
タイトル通り、“荒野”を舞台にした逃避と再生の物語が展開される。
Husseyの祈るようなヴォーカルと、儀式的な反復が聖と俗の間を揺れ動く、The Missionらしい典型的なスタイル。
2. Bridges Burning
スピード感のあるリズムとギターの厚みが印象的なナンバー。
“Burning bridges”という言葉には過去を断ち切る強い意志が込められており、
宗教的象徴をまぶしながらも、個人的な再生を描いている。
ポストパンク的硬質さとロマンティシズムの融合。
3. Garden of Delight (Hereafter)
バンド初期の重要曲を再録。
“至福の園”を意味するタイトルにふさわしく、幻想的なギターの重なりとゆったりとしたリズムで構築された、夢幻的スロウ・トラック。
天国／地獄、生と死、楽園と欲望──この曲にはThe Missionの哲学的・宗教的二面性が凝縮されている。
4. Stay With Me
本作で最もメロディアスなバラード。
恋人への切実な呼びかけのようでありながら、どこか神への祈りのようにも響くこの曲は、
愛と救済が不可分であることを前提にした、ゴス的ラヴソングの典型。
サビで一気に開けるドラマティックな展開が秀逸。
5. Blood Brother
ベース主導のリズムに乗せて、絆と裏切り、流された血の意味を問いかけるヘヴィなナンバー。
音数は少なく、暗く、緊張感が持続する構成。
The Cult的な部族感覚と、Sisters of Mercyの退廃性が同居した一曲。
6. Let Sleeping Dogs Die
本作の中でも特に演劇的で物語的な構成を持つ大曲。
静かなイントロから、徐々に音が膨らみ、怒りと諦念が入り混じるクライマックスへと向かう。
過去の傷、眠れる怒り、赦しと復讐がテーマにあり、Husseyのヴォーカルはこの曲で最も鬼気迫る。
7. Sacrilege
タイトルの“冒涜”が示す通り、宗教的イメージと背徳の融合がテーマ。
アップテンポながら、ギターとドラムは常に緊迫感を保っており、
信仰と欲望が引き裂き合うようなリリックの構造も象徴的。
バンドのダークで扇情的な側面が表れたトラック。
8. Dance on Glass
どこかアラビア風の旋律と空間的なリバーブ処理により、幻想と現実が交錯するような異国情緒に包まれた曲。
タイトルの“ガラスの上で踊る”という表現は、危うい快楽と脆さ、死への誘惑を象徴する。
ゴシック・ロックの“耽美と破滅”の感性が凝縮された一作。
9. And the Dance Goes On
アルバム中最も開放感のある、希望と祈りに満ちたバラード。
死や失恋の後にも“踊りは続く”という、諦念を通過した再生のモチーフが主題となっている。
宗教的ではなく、“生”そのものを祝福するようなトーンが印象的。
10. Severina
女性名を冠したこの曲は、救済者としての女性像を崇拝と依存のまなざしで描いたラブソング。
バンド初期からの人気曲であり、ギター・アルペジオとコーラスの絡みが美しいゴシック・ポップの逸品。
名バラード「Stay With Me」と並び称されることも多い。
11. Love Me to Death
タイトルからしてすでに**“愛と死の不可分性”**を提示している、終盤の重厚なナンバー。
愛が人を救うと同時に破壊するという、The Missionの根本的なテーマがここに凝縮されている。
ゴシック・ラブソングとして非常に完成度が高い。
12. Island in a Stream
最後を飾るこの曲は、比較的穏やかで、現実からの離脱と、どこにも属さない浮遊感覚がメインテーマ。
アルバムを聴き終えたあと、“我に返るような孤独”を感じさせる余韻のあるクロージング。
総評
『God’s Own Medicine』は、The Missionが提示した**「愛、宗教、死、記憶、破滅」からなる壮麗なゴシック叙事詩**であり、
単なるポストSisters of Mercyの延長線ではない、よりエモーショナルでスピリチュアルな音世界の確立を成し遂げた作品である。
そこにあるのは冷たさではなく、血の通った崇高さと、欲望の裂け目からの祈り。
この作品を通して、The Missionは単なるダーク・ロックの継承者ではなく、
神話的なロックの語り部として、80年代後半の英国ロックに新たな詩性をもたらしたのである。
おすすめアルバム（5枚）
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The Sisters of Mercy – First and Last and Always (1985)
The Missionの出自にして、より冷ややかなゴシックの原点。 -
The Cult – Love (1985)
スピリチュアルと性的エネルギーを結びつけた耽美ロックの名作。 -
Fields of the Nephilim – Dawnrazor (1987)
ゴシックと西部劇の美学を融合させた、同時代の異端。 -
Dead Can Dance – Within the Realm of a Dying Sun (1987)
宗教性と音楽性が頂点で融合した、ダーク・アートの金字塔。 -
Echo & the Bunnymen – Ocean Rain (1984)
ゴシックではないが、ロマンティックな叙情性と退廃美の共通項あり。
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