1. 歌詞の概要
「Go Wild in the Country」は、Bow Wow Wowが1982年にリリースした代表的なシングルであり、彼らのデビュー・アルバム『See Jungle! See Jungle! Go Join Your Gang Yeah, City All Over! Go Ape Crazy!』からのリード曲として知られている。UKチャートでは最高7位を記録し、当時のニューウェーブ・シーンにおいて異彩を放った一曲だ。
この楽曲は、タイトルの通り「田舎で野生に戻れ」という主張が一貫しており、都市生活、消費文化、ファッション主義への痛烈なアンチテーゼを投げかけている。歌詞の中では、人工的な都市社会と、その中で飼いならされてしまった若者たちへの違和感と拒絶が語られる。主人公は、都市のスピードや競争、表面的なイメージではなく、もっと根源的で自然に根ざした“生き方”を模索し、その象徴として「カントリー」=自然回帰を選び取る。
「Go Wild(野生に帰れ)」というフレーズは、単なる反都市的なノスタルジーではなく、“自己の解放”や“欲望の正直さ”を取り戻すためのスローガンとなっており、Bow Wow Wowというバンドの精神性を最も明確に示した楽曲の一つである。
2. 歌詞のバックグラウンド
Bow Wow Wowは、セックス・ピストルズの元マネージャーであり文化プロボケーターでもあったマルコム・マクラーレンによって結成されたバンドである。そのプロジェクト性の強さは、単なる音楽活動を超えた“社会への批評”の色合いを強く帯びていた。
「Go Wild in the Country」が発表された当時、イギリスはサッチャー政権下であり、都市と郊外、労働者階級と消費階級の格差が顕著になりつつあった。ファッション雑誌やMTV的メディアに象徴されるような“都市的アイデンティティ”が若者の間で急速に浸透する中、Bow Wow Wowはその潮流にあえて逆らい、「都会を離れ、自然へ帰れ」と歌いあげたのである。
当時まだ10代だったアナベラ・ルーウィンの奔放なパフォーマンスとナチュラルな魅力は、この「自然回帰」という主題と驚くほど親和性を持っており、バンドの音楽とヴィジュアルの両面において“原始と現代”“自由と管理”といった二項対立が激しくせめぎ合っていた。
加えて、アルバム・タイトルからも明らかなように、Bow Wow Wowはジャングル、アニマリズム、バナナ共和国的アイコンをふんだんに用いながら、「文明」に対する挑発と皮肉をエンターテイメントに昇華するという極めて特異なポップ戦略を展開していたのである。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、「Go Wild in the Country」の印象的なフレーズを抜粋し、日本語訳を添える。
I don’t like you, I don’t like your town
→ あんたが嫌い、あんたの街も嫌いよI don’t wanna be here when it all goes down
→ すべてが崩れるとき、ここには居たくないI wanna go where the buffalo roam
→ バッファローが駆け巡る場所へ行きたいGo wild in the country
→ カントリーで野生になれWhere snakes in the grass are absolutely free
→ 草むらの蛇たちのように、完全に自由でいられる場所へ
引用元:Genius Lyrics – Bow Wow Wow “Go Wild in the Country”
こうしたラインは、“野生”を恐れるどころか積極的に受け入れ、むしろ都市生活の“文明的抑圧”の方を危険視するというパラダイム転換を示している。
4. 歌詞の考察
「Go Wild in the Country」は、ある意味で“ニューウェーブ的反抗精神”の極致といえる。ここで描かれるのは、単なる田舎暮らしへの憧れではなく、「都市的洗練」=ファッション、消費、自己演出といったものからの離脱願望であり、それは20世紀末のアイデンティティの危機を先取りするような内容でもある。
特に注目すべきは、「Where snakes in the grass are absolutely free(草むらの蛇が自由でいられる場所)」という一節である。蛇はしばしば裏切りや悪意の象徴とされるが、ここでは“その蛇でさえも抑圧されない世界”として、自由の極北が示されている。それは自由が単に“善”だけでなく、“善も悪もまるごと許容する空間”として定義されていることを意味し、非常にラディカルである。
また、アナベラのボーカルは無邪気さと攻撃性が入り混じり、まるで“都市の規範”を笑い飛ばすような子どもにも似た存在感を持つ。その表現は、文明社会へのアイロニーを“遊び”として表出させる、Bow Wow Wow独自のサバルタン的戦略とも言えるだろう。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Antmusic by Adam and the Ants
ジャングル・リズムと原始的なビートが交差する反体制的ポップの代表曲。 - Our House by Madness
都市生活のリアルとその滑稽さを同時に映し出したユーモラスなニューウェーブ。 - Young Savage by Ultravox
“文明”に馴染めぬ若者の内なる野性を露わにする、初期パンクの鋭利な一撃。 -
Too Drunk to Fuck by Dead Kennedys
都市生活の退廃と暴力を極端に風刺した、強烈な反消費文化ソング。 -
Happy House by Siouxsie and the Banshees
理想化された“家”という幻想を破壊するポストパンクの不穏な美学。
6. “文明”を脱ぎ捨てるためのポップ・アンセム
「Go Wild in the Country」は、Bow Wow Wowの核となるテーマ――“都市と自然”“抑圧と自由”“消費と本能”――を端的に、しかもキャッチーなサウンドで具現化した楽曲である。
この曲が今なお輝いているのは、表面的には軽快で無邪気なポップでありながら、その実、文明の価値観に対して深く挑戦する“音楽的マニフェスト”であるからだ。しかもその挑戦を、怒号や説教ではなく、笑いとリズム、遊び心で行っている。そのやり方こそ、Bow Wow Wowがポップ史において異端でありながら唯一無二であった理由なのだ。
「Go wild」とは、自然に帰れというより、“お前自身のままにあれ”というメッセージだ。都市があなたに求める服や言葉を脱ぎ捨て、草むらの蛇のように、自分の道を自由に這い回れ――そう呼びかけるこの曲は、今の時代にこそ、再び聴かれるべきアナーキーな名曲である。
コメント