
1. 歌詞の概要
「Glory」は、John LegendとラッパーCommonによる共作であり、2014年公開の映画『Selma(グローリー/明日への行進)』の主題歌として発表された楽曲である。この映画は、1965年にアメリカ・アラバマ州セルマからモンゴメリーまで行われた「血の日曜日」と呼ばれる公民権運動を描いた歴史的作品であり、「Glory」はその精神と闘いの遺志を現代に語り継ぐための讃歌として位置づけられている。
歌詞では、公民権運動の象徴であるマーティン・ルーサー・キング・ジュニアや、無数の名もなき抗議者たちの姿をたどりながら、「自由」と「正義」とは何か、そしてその到達点としての“栄光(Glory)”がどこにあるのかを問いかける。John Legendのゴスペルに近い荘厳なサビと、Commonによる鋭い社会的言説を織り交ぜたヴァースが交互に展開され、詩のように力強く、祈りのように美しい構成となっている。
この曲は単なる映画主題歌を超え、現代のアメリカ社会、ひいては世界中の人々に向けた“平和と平等への賛歌”として、深い共鳴を生み出している。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Glory」は、映画『Selma』のエンドロールを飾る楽曲として制作された。映画自体は、1965年の「セルマからモンゴメリーまでの行進」と、それを率いたキング牧師の姿を描いており、その運動がアメリカにおける有色人種の投票権獲得へとつながった歴史を描いている。
John LegendとCommonは、この映画の精神と共鳴し、それを“過去の物語”としてではなく、“今も続く闘い”として音楽に昇華させた。曲が完成した当時、アメリカでは黒人に対する警察暴力への抗議運動「Black Lives Matter」が広がっており、「Glory」はその時代背景とも重なり、現代のプロテストソングとして機能するようになった。
この楽曲は、第87回アカデミー賞で「歌曲賞(Best Original Song)」を受賞し、授賞式ではJohn LegendとCommonによる圧巻のパフォーマンスが話題となった。そのステージ上には映画に登場した“エドマンド・ペタス橋”を模したセットが組まれ、過去と現在、そして未来をつなぐ象徴として機能した。
3. 歌詞の抜粋と和訳
「Glory」は、詩的でありながら政治的でもあり、祈りでありながら闘争の記録でもある。以下に印象的なフレーズをいくつか紹介する。
One day when the glory comes / It will be ours, it will be ours
いつの日か、栄光が訪れるとき / それは私たちのものになるだろう
この冒頭のコーラスは、ゴスペルのような反復と予言的な響きを持ち、希望と決意を静かに力強く伝える。
Now the war is not over, victory isn’t won
戦いはまだ終わっていない、勝利は手に入れていない
John Legendのこのラインは、表面上の変化ではなく、根深い社会構造に対する闘いが続いていることを端的に表現している。
Selma is now for every man, woman and child
セルマの物語は、今やすべての人——男も、女も、子どもにも向けられたものだ
この一節は、過去の歴史を現代に引き寄せ、「差別のない社会」はすべての人の問題だと訴える。
Justice for all just ain’t specific enough
「すべての人のための正義」なんて、まだ不十分だ
Commonのこの鋭いラインは、空虚なスローガンではなく、具体的な平等と行動を求める意思を表している。
That’s why Rosa sat on the bus / That’s why we walk through Ferguson with our hands up
だからローザ・パークスはバスに座り / だから僕たちは、手を挙げてファーガソンの街を歩いたんだ
過去(ローザ・パークスの市民的不服従)と現代(ファーガソンでの警察暴力抗議)をつなげることで、「闘いの連続性」が明確に示されている。
歌詞の全文はこちら:
John Legend & Common – Glory Lyrics | Genius
4. 歌詞の考察
「Glory」は、“ただのプロテストソング”ではない。それは“賛美歌”でもあり、“嘆き”でもあり、“闘志”の表明でもある。この曲が心を打つのは、メッセージの強さだけではなく、それを伝える語り口が詩的で、音楽的に洗練されているからだ。
John Legendのサビは、教会で歌われるゴスペルを思わせる高揚感と共鳴力があり、聞く者の魂に直接触れるような力を持つ。彼の声は“悲しみの記録”であると同時に、“希望の灯火”でもある。そしてCommonのヴァースは、ラップという形式で歴史と今を語り、聴き手を目覚めさせる。彼の語りは断定的でありながら、情熱と冷静さを併せ持つ稀有なバランスで構成されている。
この曲が語る“Glory(栄光)”とは、単なる勝利ではなく、「誰もが尊厳を持って生きられる社会」が実現したときに初めて得られるものである。そして、その到達点はまだ遠いが、確実に歩み続けている——その姿勢がこの歌の核であり、聴く人に“立ち上がる理由”を与える。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- A Change Is Gonna Come by Sam Cooke
公民権運動の象徴的バラード。歴史の流れの中にある希望を歌う原点のような楽曲。 - Freedom by Beyoncé feat. Kendrick Lamar
抑圧への怒りと希望を力強く叫ぶ、現代のブラック・フェミニズムを象徴する一曲。 - Alright by Kendrick Lamar
警察暴力への抗議と、黒人として生きる誇りを訴える、ポスト・ブラック・アンセム。 - What’s Going On by Marvin Gaye
ベトナム戦争や人種問題を背景に、人間性と愛を問いかけた70年代の傑作。 - I Can by Nas
若い世代に向けた夢と希望のメッセージ。社会に抗う力と自己肯定を促すラップソング。
6. “栄光(Glory)は、今もなおその先にある”
「Glory」は、アメリカの歴史に深く根ざした曲であると同時に、どの時代、どの国の人々にとっても“自分の尊厳を取り戻す闘い”として響く普遍的な楽曲である。
John LegendとCommonは、この楽曲で“過去を讃える”だけでなく、“未来を生きる責任”を私たち一人ひとりに投げかけている。
そして彼らは歌う——
「いつか、その栄光の日はやってくる」
その言葉は、まだ到来していない未来に向けられた祈りであり、
そのために今日も前を向こうとする、名もなき人々の賛歌なのである。
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