
発売日: 2020年3月27日
ジャンル: オルタナティヴ・ロック、アートロック、ポスト・パンク、エクスペリメンタル
『Gigaton』は、Pearl Jam が2020年に発表した11作目のアルバムである。
前作『Lightning Bolt』(2013)から7年ぶり。
バンド史上でもっとも長い“空白期間”を経て生まれた本作には、
彼らがこの10年間で向き合ってきた
気候危機、政治的分断、人間の孤独、そして希望の残り火
といったテーマが濃密に織り込まれている。
アルバムタイトルの “Gigaton(ギガトン)” は、
地球規模の氷床崩壊を示す単位であり、
地球環境への危機意識を象徴するものだ。
アートワークには溶けゆく氷河(実際の写真)が使われ、
Pearl Jam が社会問題に対して再び強くコミットし始めたことを示している。
サウンド面では、
- デジタルとアナログが同居したクリアで深い音像
- 80sポストパンクの鋭さ
- ミニマルで陰影のあるアートロック
- Pearl Jam らしいメロディと重厚さ
が複雑に絡み合い、
“熟練バンドが新しい可能性に挑む音” が響く。
プロデューサーは Josh Evans。
従来の Brendan O’Brien 体制から離れたことで、
音像により実験的な広がりが生まれた。
全曲レビュー
1曲目:Who Ever Said
タイトで攻撃的なロックナンバー。
“止まるな、妥協するな”という強烈なメッセージ。
アルバムの実験性と闘争心を同時に提示するオープナー。
2曲目:Superblood Wolfmoon
80年代ポストパンクの鋭さをまとった、跳ねるようなロック。
ヴェダーの叫びと軽快なギターが魅力。
3曲目:Dance of the Clairvoyants
本作の象徴にして、20年代Pearl Jam最大の実験曲。
ニューウェーブ、Talking Heads、LCD Soundsystem を思わせる電子的質感。
ベースがうねり、ドラムが跳ね、
これまでのPearl Jamにない“ダンス可能な知性”が炸裂した傑作。
4曲目:Quick Escape
爆撃のような重いリフと政治批判が噛み合う攻撃的楽曲。
“逃げ道はあるのか?”という問いが響く。
5曲目:Alright
優しく包むような曲調。
“いまは大変でも、きっと大丈夫だ”と語る静かな祈り。
6曲目:Seven O’Clock
アルバムの中心曲。
政治的混乱と社会の緊張を描きつつ、
ヴェダーの語りが詩的に広がる美しいアートロック。
7曲目:Never Destination
疾走するギターロック。
初期Pearl Jamの勢いを思わせつつ、熟成された安定感がある。
8曲目:Take the Long Way
Matt Cameron 主導の曲。
変則的で鋭いビートがバンドの冒険心を象徴。
9曲目:Buckle Up
穏やかなアコースティック曲。
中盤の不思議なテンションが心地よい揺らぎを生む。
10曲目:Comes Then Goes
ヴェダー弾き語りの静かな曲。
喪失、別れ、記憶——
人生の余白を優しく照らす。
11曲目:Retrograde
環境危機をテーマにした叙情的で大きな曲。
終盤のメッセージの強さが胸を打つ。
MVも象徴的で、気候変動の警鐘として高い評価。
12曲目:River Cross
パイプオルガンの音が荘厳に広がる、精神的フィナーレ。
“川を渡れ、未来へ進め”というメッセージが静かに響く。
Pearl Jamの魂が凝縮した最後の祈りのような曲。
総評
『Gigaton』は、Pearl Jam のキャリアの中で
最も現代的で、最も実験的で、最も社会的なアルバム である。
特徴を整理すると、
- 気候危機・政治・人間の孤独といった21世紀の問題を真正面から扱う
- 新しいプロデューサー体制で実験性が大幅に上昇
- ポストパンク/ニューウェーブの影響が顕著
- 70年代ロックの重厚さと現代的サウンドの融合
- バンドとしての成熟と精神性の深まりが極めて強い
“Dance of the Clairvoyants” のような革新と、
“River Cross” のような静謐な精神性が同時に存在し、
Pearl Jam というバンドの “過去・現在・未来” が一気に収束したような作品である。
同時代の文脈で言えば、
・The National の深いアートロック
・Radiohead 後期の実験性
・U2 の社会性
と響き合うが、Pearl Jam はもっと人間味があり、
もっと“声の存在”が前面に出た音楽を続けている。
20年以上のキャリアを持つバンドが
ここまで革新的であり続けたことに驚きを覚える一枚でもある。
おすすめアルバム(5枚)
- Lightning Bolt / Pearl Jam (2013)
本作の感情的深さと“昼と夜”のバランスに直結。 - Backspacer / Pearl Jam (2009)
近年のポップ性と開放感のルーツ。 - Riot Act / Pearl Jam (2002)
『Gigaton』の精神的な側面の前段階ともいえる深い作品。 - The National / Trouble Will Find Me
現代ロックの内省と重厚さが近い。 - Radiohead / A Moon Shaped Pool
静寂と実験性の共存が、比較として非常に興味深い。
制作の裏側(任意セクション)
『Gigaton』は、従来よりもメンバー個々の自由度が高く、
曲ごとに異なるアプローチが取られたアルバムである。
Josh Evans の柔軟で実験的なスタジオワークが、
バンドの新しいアイデアをうまく受け止め、
“今までのPearl Jamとは違う音”を実現した。
特に「Dance of the Clairvoyants」は、
メンバーの即興的アイデアから生まれたと言われ、
初期のPearl Jamでは想像できなかった方向性を提示する革新的トラックとなった。
また、環境テーマは決してポーズではなく、
バンドメンバー自身が北極圏の調査を見に行くほど
深刻に取り組んでいる問題である。
音楽と社会意識が強く結びついた、
21世紀Pearl Jamの集大成とも言える作品だ。



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