アルバムレビュー：Giant Steps by The Boo Radleys

発売日: 1993年8月31日
ジャンル: インディー・ロック、ネオサイケデリア、ドリームポップ、ブリットポップ

概要

『Giant Steps』は、The Boo Radleysが1993年に発表した3作目のスタジオ・アルバムであり、90年代UKロック史における“最も野心的で予測不可能な傑作”のひとつである。

タイトルはジョン・コルトレーンのモード・ジャズ名盤『Giant Steps』に由来し、それにふさわしく、シューゲイザーやドリームポップの枠を大きく踏み越えた自由奔放なジャンル横断が展開されている。

轟音ギター、レゲエ・ダブ、クラシカルなストリングス、ジャジーなコード進行、ブライアン・ウィルソン風のポップハーモニー——
そうした多様な音楽的要素が、決して雑多にはならず、Boo Radleysならではの緻密な構成力でまとめ上げられている。

前作『Everything’s Alright Forever』では“ノイズの中のポップ”が聴こえてきたが、本作では明確に“ポップの中にノイズや奇想が散りばめられている”という印象だ。
商業的には控えめだったが、音楽メディアでは高く評価され、NMEやSelect誌では年間ベストアルバムに選出された。

全曲レビュー

1. I Hang Suspended

壮大なブラスとストリングスで幕を開け、そこから一転してギターの洪水へ。
アルバムのスケール感と実験性をいきなり提示する、華々しくもスリリングなオープニング。

2. Upon 9th and Fairchild

サイケデリックなギターとダブのようなベースが絡む、幻覚的トラック。
曲構成は変則的で、ジャズとエフェクトの狭間をさまようような浮遊感が特徴。

3. Wish I Was Skinny

キャッチーでメロディアスな、アルバム随一の“シングル感”を持つ楽曲。
“やせていたらもっと愛される？”という自己否定的な歌詞に、90年代の若者の不安が滲む。

4. Leaves and Sand

ギターとストリングスが交差する美しいインタールード。
風の中に記憶が舞うような、儚さに満ちた小曲。

5. Butterfly McQueen

不穏なコード進行とエレクトロな質感を持つ中編曲。
実験的なサウンドスケープは、アルバムの中でも異彩を放つ。

6. Rodney King (Song for Lenny Bruce)

ジャズ、ソウル、レゲエの要素が渾然一体となった名曲。
タイトルに込められた政治性と、音楽的快楽のバランスが秀逸。
社会的痛みと音楽の自由を同時に歌い上げる、異色のプロテスト・ソング。

7. Thinking of Ways

60年代的なメロディラインと、ストリングスの優雅な調和。
切ない歌詞と美しいコードが織りなす、クラシカルな名バラード。

8. Barney (…and Me)

ブライアン・ウィルソンを思わせるハーモニーと、劇的な転調が際立つポップ・オペラ的構成。
子供のような視点と、大人の苦味が同居するユニークなナンバー。

9. Spun Around

中盤のハイライト。
ポップさと心理的混乱を共存させた、まるで内面が音になったかのようなトラック。

10. If You Want It, Take It

パンク的なアティチュードをポップに昇華した短編。
タイトルに反してやや皮肉なトーンを持ち、自己主張と無力感が交差する。

11. Best Lose the Fear

リズムレスな構成と浮遊するシンセが、不安感を際立たせる実験曲。
精神の“揺らぎ”を音像化したような、詩的かつ抽象的な1曲。

12. Take the Time Around

メロウなアコースティック・ギターに支えられた、優しく包み込むような楽曲。
アルバム後半の“癒し”のポジションを担う。

13. Lazarus

アルバムの代表曲のひとつ。
冒頭のダブ調イントロから、爆発的なギター・ノイズとメロディックなサビへと展開するドラマティックな構成。
“蘇り”を意味するタイトル通り、絶望からの解放と再生を強く感じさせる。

14. One Is for

ノイズ・ギターによるサイケデリックな小品。
意図的に不安定なピッチとリズムが、不思議な浮遊感を生む。

15. Run My Way Runway

ピアノの旋律と歪んだサウンドが対照的な中編。
空港の滑走路をメタファーに、逃避と出発の狭間を描く。

16. I’ve Lost the Reason

静謐なイントロから徐々に展開するバラード。
内省的な歌詞と広がりのあるサウンドが、静かなカタルシスを生む。

17. The White Noise Revisited

9分を超える大団円的トラック。
ストリングス、ブラス、ノイズ、ハーモニー——すべての要素が凝縮され、アルバムのクライマックスを飾る。
タイトル通り“ノイズの中にある再訪”がテーマになっており、聴き終えたあとに残る余韻は深い。

総評

『Giant Steps』は、The Boo Radleysが音楽的にも精神的にも“自由”を獲得した瞬間を記録したアルバムである。

それはブリットポップに回収される前の、純粋な探求心と創造衝動のかたまり。
どの曲も異なる風景を持ち、感情や構造もバラバラであるにもかかわらず、それらがひとつの大きな“旅”としてつながっている。

リスナーにとっても、これはただのアルバムではなく、“発見”の体験そのものだ。
流行の中心にはいなかったが、間違いなくその周縁から中心を揺るがした作品である。

ファンや評論家の反応

当時のNME、Select、Melody Makerなどでは軒並み高評価を獲得し、「英国のロック・アルバム史におけるマイルストーン」とも称された。
特に音楽誌Selectでは「創造性の絶頂」と評され、Oasis以前のUKロックにおける“ある頂点”として位置づけられた。

今日では“隠れた名盤”として語られることが多いが、再評価が進むなかで「時代がようやく追いついた」と感じるリスナーも少なくない。
30年経った今でもなお、そのスケールと奇抜さは他に類を見ない。

アルバムレビュー：Giant Steps by The Boo Radleys

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