アルバムレビュー:Geogaddi by Boards of Canada

Spotifyジャケット画像

発売日: 2002年2月18日
ジャンル: IDM、アンビエント、サイケデリック・エレクトロニカ、ダウンテンポ


“円”と“呪術”のエレクトロニカ——美しさの裏に潜む、螺旋のダークサイド

2002年、Boards of Canadaはセカンド・アルバム『Geogaddi』を発表し、デビュー作『Music Has the Right to Children』で確立した“ノスタルジックな記憶音楽”を、より曖昧で、より神秘的、そして暗いものへと深化させた。
本作は、数学的構造、オカルト的象徴、テープの劣化感覚、アナログノイズ、サブリミナル的サンプリングなどを凝縮した、“音の迷宮”のようなアルバムである。

アルバムタイトル「Geogaddi」は、地形学(geo)と“ギャディ”という不明瞭な言葉の合成語。
それはまるで、自然と人工、科学と信仰、純粋さと狂気とが衝突する領域を指し示しているかのようだ。
全23曲、66分6秒(実際の隠しトラックを含むと)という演出からも分かるように、本作は単なる音楽作品ではなく、聴覚と心理への“儀式”のように設計されている。


全曲レビュー

1. Ready Lets Go

短く乾いたノイズがアルバムの扉を開ける。
これから始まる“儀式”の合図のような無機質な導入。

2. Music Is Math

「音楽は数学だ」と語る声に導かれ、ずっしりとしたビートとざらついたアナログ音像が広がる。
秩序と混沌が交錯する、アルバムの主軸的トラック。

3. Beware the Friendly Stranger

歪んだシンセと不安なループが続く、不穏な小品。
曖昧に笑う“親しげな見知らぬ人”の気配が背後にある。

4. Gyroscope

アラビア語のようなサンプリングが反復され、催眠的なループが展開。
中東的旋律とダブの要素が交じり合う、浮遊感と緊張感が共存する曲。

5. Dandelion

淡く語りかけるナレーションに、不安定なシンセが寄り添う。
「たんぽぽ」の名とは裏腹に、幼年期の不穏な記憶を刺激するようなトラック。

6. Sunshine Recorder

サンプリングされた子供の声、壊れたメロディ、強烈な低音。
記憶と夢のあいだを漂う、感覚的にもっともBoCらしい一曲。

7. In the Annexe

オルガンのような和音が淡々と続く短編。
儀式の休止点として機能する。

8. Julie and Candy

ざらついた音像の中で、メロディとノイズが溶け合う傑作。
陽だまりと暗闇が交差するような感覚があり、精神の深部に沈んでいく。

9. The Smallest Weird Number

数学的なタイトルと反して、内容は抽象的でミステリアスなインタールード。

10. 1969

アルバムの中では比較的“明快な”ビートを持つトラック。
「1969 in the sunshine…」と囁かれる声に、ヒッピー文化の影と暗示がにじむ。

11. Energy Warning

テレビの教育番組のようなナレーションに、不気味さが漂う短編。
70年代のプロパガンダ映像を再構築したような感触。

12. The Beach at Redpoint

スロウで荘厳なドローン的展開。
海岸の風景が赤く染まる幻視のような音像。

13. Opening the Mouth

儀式的なタイトル通り、静かに始まり、言葉にならない“声”が漏れ出すような曲。
アルバムの後半における精神的転換点。

14. Alpha and Omega

“始まりと終わり”を意味する象徴的なタイトル。
不穏なリズムとリバーブの深い音像が、神話的な印象を与える。

15. I Saw Drones

反復と恐れを同時に感じさせる、短いながらも印象的な一曲。

16. The Devil Is in the Details

不協和音とざわついたサンプリングが混じる、不穏さの極致。
「細部に悪魔がいる」という言葉の通り、音の隙間が最も恐ろしい。

17. A Is to B as B Is to C

哲学的な構造主義を思わせるタイトル。
会話のようなサンプルとリズムが、意味の迷路に誘い込む。

18. Over the Horizon Radar

“水平線の向こうの監視”という、監視社会的なイメージ。
音は透明で冷たい。

19. Dawn Chorus

美しくも哀しいメロディが延々と反復される、アルバム中でもっとも感情的な瞬間。
夜明けに鳴く鳥たちの声のように、絶望と希望が交錯する。

20. Diving Station

水中に潜っていくような音響処理が特徴の小曲。
感覚が鈍化していく。

21. You Could Feel the Sky

断片的なボーカルと反復するコードが、静かなクライマックスを迎える。
“空を感じた”という感覚が、霊的な浮遊感として表現される。

22. Corsair

ラストの前に配置された、耽美でディストピア的なアンビエント。
沈み込み、あるいは天に昇っていくような音のベクトル。

23. Magic Window

音が鳴らない“無音のトラック”。
それは終わりではなく、耳と心の中に残った余韻を聴く時間なのかもしれない。


総評

Geogaddi』は、Boards of Canadaが音楽を使って“魔法陣”を描いたような作品である。
前作にあった柔らかさと懐かしさの裏側にある、記憶の陰影、不安、曖昧さ、そして言語にならない感覚を深く掘り下げたアルバムだ。

どの楽曲も、美しさと不穏さが共存し、数学的秩序と心理的カオスがせめぎ合うような構造を持っている。
それはまるで、幼少期の夢と悪夢が一緒に流れてくるビデオテープのようであり、BoCの世界観を極限まで濃密に凝縮したものと言える。

この作品は、光よりも“影”を見つめることで、BoCの音楽が持つ真の深さと重みをあらわにした。
聴き終えたあと、音の残像が心に“紋様”として刻まれる——それが『Geogaddi』なのだ。


おすすめアルバム

  • Autechre – Amber
     幾何学的でありながら情緒的。BoCの“構造と感覚”に通じる。
  • Seefeel – Quique
     ドローンとビートの交錯。『Julie and Candy』が好きなら必聴。
  • Demdike Stare – Tryptych
     オカルト的ミステリーと音響彫刻が融合。『The Devil Is in the Details』的世界観。
  • William Basinski – The Disintegration Loops
     時間と記憶、劣化と美の探求。BoCのテープ感覚と共鳴。
  • Broadcast – Haha Sound
     教育映像×サイケポップ×不穏なファンタジー。BoCと同じ“幻視”の系譜。

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