発売日: 2014年7月7日
ジャンル: アートロック、ポストパンク、クラウトロック、エレクトロロック、オルタナティヴ・ロック
過去を超えて、未来を讃える——Manic Street Preachers、異国の光と速度を纏った“未来学的ロック宣言”
『Futurology』は、Manic Street Preachersが2014年にリリースした12作目のスタジオ・アルバムであり、前作『Rewind the Film』のアコースティックで内省的な作風から一転、ヨーロッパ大陸的美意識とクラウトロックの疾走感を纏った“未来への応答”とも言えるコンセプト・アルバムである。
本作は、バンドがベルリンの伝説的スタジオ「Hansa Tonstudio」で録音を行ったことでも知られ、Bowieの『”Heroes”』やU2の『Achtung Baby』にも通じる“ヨーロッパの壁の向こう側”の音像が刻まれている。
政治、哲学、芸術、都市、そして希望——重厚で知的なテーマを、硬質なビートと未来的な音像で包み込んだ、Manics史上もっともアートロック的野心に満ちた作品である。
タイトルの“Futurology(未来学)”が示す通り、このアルバムは「希望なき時代」において、あえて“前を見る”という暴挙に出た、誠実で美しい賭けなのだ。
全曲レビュー
1. Futurology
機械的なビートとギターが走り出すタイトルトラック。“われわれはまだ学び続ける”という意思が、高らかなメッセージとして鳴り響く。
2. Walk Me to the Bridge
自殺を暗示するような過去の“橋”のイメージを更新し、今では“移行”の象徴として昇華した、希望のエレクトロ・アンセム。
3. Let’s Go to War
戦争とは何か、進歩とは何かを問いかけるヘヴィな1曲。「さあ、戦おう」——だがそれは武力ではなく、思想と芸術による抵抗の呼びかけ。
4. The Next Jet to Leave Moscow
ソ連崩壊後の混乱と自由を描いたポストパンク調のナンバー。歴史と観光のあいだに漂うアイロニーが効いている。
5. Europa Geht Durch Mich(feat. Nina Hoss)
女優ニナ・ホスのドイツ語ヴォーカルをフィーチャーした異色作。「ヨーロッパは私を貫く」というフレーズが示す通り、欧州統合への想いと分断の狭間を描く。
6. Divine Youth(feat. Georgia Ruth)
淡いストリングスとハープが美しい叙情的トラック。「神聖な若さ」への哀惜と希望が織り交ぜられた名曲。
7. Sex, Power, Love and Money
攻撃的なギターとダンサブルなリズム。資本主義の欲望四重奏を皮肉に描いた、ポストモダン的応答。
8. Dreaming a City (Hughesovka)
インストゥルメンタルでありながら、かつてウェールズからの労働者が築いたウクライナの都市「ヒューズフカ」への夢想を音で描ききる異国叙景詩。
9. Black Square
ロシア構成主義の絵画《黒の正方形》をモチーフにした哲学的トラック。“芸術は死んだ、だからこそ信じる”という逆説が音で鳴る。
10. Between the Clock and the Bed(feat. Green Gartside)
ノルウェーの画家エドヴァルド・ムンクの晩年作品から着想を得た静謐なバラード。「時計とベッドのあいだ」で彷徨う老いと意識の対話。
11. Misguided Missile
誤った信念や盲信を“誘導ミサイル”に喩えたアイロニカルな一曲。軽快なリズムの中に、政治的疑義が潜んでいる。
12. The View from Stow Hill
故郷ニュー・ポートを見下ろす高台“ストウ・ヒル”からの眺め。個人的視点と地政学的視野が交錯する、アルバムの終章にふさわしい余韻。
総評
『Futurology』は、Manic Street Preachersというバンドが、“過去の亡霊”に取り憑かれるのではなく、“未来という幻想”にしがみつこうとする力強い意志を形にしたアルバムである。
これは単なる“ヨーロッパ旅行記”ではない。政治、歴史、個人、地理、都市、記憶——それらすべてを未来というレンズで再解釈する知的冒険なのだ。
クラウトロックの反復、ストリングスの荘厳さ、そして詩的な歌詞。
“怒り”を武器にしてきた彼らが、“学び”と“敬意”と“夢想”で構築したロック・アーキテクチャ。
その佇まいは、冷たくも温かく、そして何より美しい。
おすすめアルバム
-
Low / David Bowie
ベルリン3部作の筆頭。機械的な冷たさと内面の傷が共存する名盤。 -
The Ideal Crash / dEUS
ヨーロッパ的知性と実験性が結晶化したロックアルバム。 -
Neon Golden / The Notwist
ポストロックとエレクトロニカの融合。『Futurology』の文脈に近い未来派感覚。 -
High Europe / Maxïmo Park
欧州政治と都市をテーマにした知的インディーロック。 -
La Reproduction / Arnaud Fleurent-Didier
フランス語による“哲学的ポップ”。言語と感性の越境性が『Futurology』と響き合う。
コメント