アルバムレビュー:Future Days by Can

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発売日: 1973年8月**
ジャンル: クラウトロック、アンビエント、エクスペリメンタル・ロック


未来は海のように静かだった——Canが到達した“音の純化”と透明な恍惚

『Future Days』は、1973年にリリースされたCanの5作目のスタジオ・アルバムであり、混沌と衝動の実験ロックを極めた彼らが、音楽を“流体”として再定義した作品である。
タイトルの通り、本作には“未来”という時間感覚のズレや遠さ、そしてすべてが溶け合うような非線形的な構造が貫かれている。

ヴォーカルのダモ鈴木にとっては本作が最後の参加作となるが、彼の存在はここで言語というよりも“音響の一部”として機能し、ほとんど環境音のように混ざり込む。
Canの持つ即興性、実験精神、そしてグルーヴ——それらすべてが極限まで希釈され、沈黙すら音楽になる領域に達したアルバムである。


全曲レビュー

1. Future Days

タイトル曲にして、アルバムの美学を象徴する10分のサウンド・スケープ。
波のように寄せては返すエレピとシンセ、透明なダモの声、そして空気のように揺れるリズム。
時間が解体され、空間が音に溶ける。まさに“未来”の感触。

2. Spray

より即興的でエッジの効いたサウンドが展開される一曲。
リーベツァイトのドラムが浮遊感のなかにも強い推進力を与え、バスケットボールのように弾むリズムが、音の粒子を活性化させる。
断片的なキーボードとギターが、まるで水面を跳ねる光のように散乱する。

3. Moonshake

突如としてポップな構造を見せる3分強の短編トラック。
リズムボックスのようなビートと、歪なポップメロディ、ダモのキッチュなヴォーカルが際立つ異色作。
本作における“地上”の感覚を担う、ある種の“リセットボタン”のような役割。

4. Bel Air

20分を超える大曲にして、アルバムの精神的中心。
クラウトロック史上最も美しく、静謐で、瞑想的な楽曲の一つ。
構成は幾層にも重なった音の層によって、風景がゆっくりと変化していくような感覚を与える。
時間感覚は完全に希薄化され、聴き手の内面に潜り込んでくるような浮遊体験をもたらす。


総評

『Future Days』は、Canが“音楽を解体し尽くしたあとに見た風景”を、そのままパッケージしたようなアルバムである。
ここには暴力性も、混沌も、派手な実験も存在しない。
代わりにあるのは、水のように透明で、空気のように柔らかく、意識の深層に響く“響きそのもの”。

クラウトロックを超えて、アンビエント、ポストロック、ミニマル・ミュージックの源泉として位置づけられる本作は、
あらゆるジャンルの“純化の美学”を先取りした静かな革命だった。

Canは叫ぶことをやめ、ささやきすらもやめて、
ただ“響きだけが残る世界”をここに描いた。

それはまさに、音楽の“未来の日々”の原風景である。


おすすめアルバム

  • Brian EnoAmbient 1: Music for Airports
     空間性と沈黙の美学を極めたアンビエントの礎。
  • Talk TalkSpirit of Eden
     静謐と断絶を内包する音楽詩。『Bel Air』に通じる余白と密度。
  • Cluster『Zuckerzeit』
     ドイツ電子音楽のミニマルかつ親しみやすい側面。Canの静的美学と共鳴。
  • GAS『Pop』
     森林の中で響くようなアンビエント・テクノ。『Future Days』以後の精神継承者。
  • Sigur Rós( )
     言葉なき音楽、沈黙の詩学。Canが描いた“未来の情緒”を現代に引き継ぐ傑作。

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