1. 歌詞の概要
「Funeral」は、アメリカのシンガーソングライター フィービー・ブリジャーズ(Phoebe Bridgers) のデビューアルバム『Stranger in the Alps』(2017年)に収録された楽曲で、彼女の作品の中でも最も陰鬱で、最も個人的な作品のひとつとして高く評価されています。
タイトルの「Funeral(葬式)」が示す通り、この曲は友人の死を悼みながら、自分自身の内面の闇と静かに向き合う楽曲です。ただし、それは大げさに嘆き悲しむのではなく、感情を抑制したささやきのような語り口で描かれ、聞き手にじわじわと深く染み込んでいきます。
歌詞の中では、亡くなった友人のために歌うという行為の中で、自分自身の虚無感、うつ状態、そして「どうして他人のために悲しむべき時に、自分のことを考えてしまうのか」という自己嫌悪と孤独感が語られていきます。
この曲は、死と生、他者と自分、現実と感情のあいだにあるモヤのような領域を描き出した、現代的で痛切なエレジー(哀歌)といえるでしょう。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Funeral」は、ブリジャーズが実際に友人を亡くした経験をベースに書かれた楽曲であり、その歌詞には彼女自身が抱えてきた鬱症状や自己否定、疎外感が率直に反映されています。彼女はインタビューで、この曲を「最も悲しい曲」だと語り、「一番ナイーブな自分のままで書いた」と明かしています。
この楽曲が収録された『Stranger in the Alps』は、彼女のデビュー作であると同時に、フィービー・ブリジャーズという存在が持つ“痛みの美学”と“ささやき声のような真実”を世界に知らしめた重要な作品です。
音楽的には、アコースティックギターを中心にしたシンプルで静かなアレンジで構成されており、彼女の囁くようなボーカルと重なることで、まるで誰にも聞かれたくない独白をそっと聞いてしまったような親密さを感じさせます。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、「Funeral」の中から印象的なフレーズを抜粋し、和訳を併記します。引用元:Genius Lyrics
“I’m singing at a funeral tomorrow / For a kid a year older than me”
明日、葬式で歌うの/私より一つ年上の男の子のために
“And I’ve been talking to his dad / It makes me so sad”
彼のお父さんと話してたの/それがすごく悲しくて
“And I have this dream where I’m screaming underwater / While my friends are waving from the shore”
水の中で叫んでいる夢を見る/岸辺では友達が手を振ってるのに
“Jesus Christ, I’m so blue all the time / And that’s just how I feel”
もう嫌になるくらい、ずっと憂鬱/でも、これが“私の普通”なの
“I have a friend I call / When I’ve bored myself to tears”
泣きたいくらい退屈なときに電話する友達がいるの
“And we talk until we think we might just kill ourselves / But then we laugh until it disappears”
死にたくなるまで話して/でも最後には笑い飛ばしてる
4. 歌詞の考察
「Funeral」は、死を前にしたときに人間が直面する深い自己意識と矛盾した感情を、極めてリアルに描いた楽曲です。他人の死を目の前にしているはずなのに、自分のことばかり考えてしまう。そのことに対して自己嫌悪を抱きながらも、抜け出すことができない。そうした**“生き残ってしまった者の罪悪感”**が、淡々とした口調で語られます。
特に印象的なのが「I’m so blue all the time / And that’s just how I feel」というラインです。ここでブリジャーズは、憂鬱が一時的な気分ではなく、“常態”であることを受け入れている。それは悲しみを肯定しているのではなく、悲しみと共存する生き方を見出そうとする彼女のリアルな姿勢を表しています。
また、「水の中で叫んでいる夢」は、感情を誰にも届けられない閉塞感や孤独を象徴する強力なメタファーです。水は、声をかき消し、行動を制限する空間。その中で叫んでも、岸で手を振る友人には届かない。これはうつ状態の中にいる人の**“見えていても届かない世界”**の写し鏡とも言えるでしょう。
そしてラストで語られる、「死にたいほど話して、でも笑い合ってそれを忘れる」という場面には、破滅願望と生きるためのユーモアがせめぎ合う、現代的な人間関係の形が描かれています。それは救いではないかもしれないけれど、今をなんとか生き延びるための、小さな灯りのようなものでもあります。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- “Hurt” by Nine Inch Nails(or Johnny Cash ver.)
内なる痛みと自責を極限まで掘り下げた孤高のバラード。 - “Elderbrook” by Julien Baker
宗教的イメージと個人的な痛みが交錯する、ブリジャーズと同系統の内省的世界。 - “Smoke Signals” by Phoebe Bridgers
死と文化、愛と喪失を詩的に描いた彼女の別の名曲。 - “Depreston” by Courtney Barnett
日常の描写からにじみ出る喪失感と空虚さを描いた、静かなインディーソング。 - “Clementine” by Halsey
内面の不安定さと希望のかすかな光を、詩的かつ幻想的に描写するバラード。
6. 悲しみの中にある静かな人間性:Funeralが語る「生きていること」の現実
「Funeral」は、死という出来事をきっかけに、むしろ“生きている自分”の痛みや矛盾が浮き彫りになるという逆説を、非常に繊細かつ誠実な筆致で描いた楽曲です。フィービー・ブリジャーズはこの曲で、死者を悼むために歌っているのではなく、死を受け入れられずにいる“生者”としての自分を受け入れようとしているようにも聞こえます。
この曲には、感情の爆発も劇的なメロディもありません。あるのは、ただただ静かに続いていく内面の声。それこそが、現代における「喪失のリアル」なのです。そして、その声を誰にも聞かれたくないように、でも本当は誰かにそっと届いてほしいと願う——その矛盾と人間らしさこそが、フィービー・ブリジャーズの音楽の本質です。
「Funeral」は、悲しみを“解決する”のではなく、“共に座ってくれる”ような優しさを持っています。それが、この曲を特別な存在たらしめている最大の理由なのです。
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