発売日: 2024年5月3日
ジャンル: サハラ・ロック、デザート・ブルース、サイケデリック・ロック、ポリティカル・ロック
概要
『Funeral for Justice』は、Mdou Moctarが2024年に発表したスタジオ・アルバムであり、前作『Afrique Victime』での社会的・音楽的挑戦をさらに加速させた、最も怒りに満ちた、そして最もロック的な作品である。
タイトルが象徴する通り、本作は「正義の埋葬式」という強烈な政治的イメージを軸に展開されており、西アフリカにおける軍政の拡大、植民地主義の亡霊、資源搾取、そして若者たちの怒りを生々しく描き出している。
これまでの作品に比べても、圧倒的に“ノイジー”で“ハード”な音作りがなされており、デザート・ブルースを基盤にしながらも、ハードロック〜メタルの領域へと足を踏み入れている。
サハラのバンドとして、これほどまでに攻撃的で政治的なステートメントを前面に出した作品は極めて稀であり、Moctarはここでギタリストとしてだけでなく、“闘うアーティスト”としての姿を鮮明に打ち出している。
全曲レビュー
1. Funeral for Justice
タイトル曲にして、冒頭から怒りが爆発するハードロック・ナンバー。
「正義は死んだ」という絶望的なメッセージとともに、Moctarのギターが猛る。
ディストーション全開のサウンドと怒りのシャウトが、国家と歴史に対する叫びとして響き渡る。
2. Imouhar
“イムハル(自由な人)”という、トゥアレグの自称を冠した楽曲。
アイデンティティの誇りと、それを抑圧する外的勢力への反抗が主題。
ギターは激しくもメロディアスで、リズムセクションとの緊密なアンサンブルが印象的。
3. Sousoume Tamacheq
Tamacheq(タマシェク語)を守ることの意味を歌う、文化的抵抗の歌。
言葉を奪うことは魂を奪うことだという視点から、言語の存続を訴える。
音楽的には中東音階を思わせる旋律が、精神性の深さを引き立てている。
4. Takoba
“剣”を意味するこの曲は、象徴的な抵抗の武器としての音楽を提示。
ギターリフが剣のように鋭く切り込み、ビートは軍楽隊のような規律と迫力を持つ。
現代の闘争とトゥアレグの伝統的戦士精神とが重ね合わされる。
5. Tchinta
個人的な恋や喪失の感情を、戦乱の背景の中で描く内省的なバラード。
これまでの激しさとは打って変わって、ギターが静かに“涙”のように奏でられる。
アルバムの中で唯一、詩的な余白が際立つ。
6. Oh France
植民地宗主国フランスに対する痛烈な抗議曲。
「なぜ我々を見捨てた?」というリリックが繰り返され、歴史的トラウマに直撃する。
音楽的にもラウドなギターと怒号のようなコーラスが、社会的怒りを解き放つ。
7. Modern Slaves
資源搾取、外国資本、軍事介入──現代における“奴隷制”を告発するパワフルなトラック。
ベースラインが機械的に響き、そこに人間の叫びが乗ることで、無機と有機の対比が生まれる。
ギターソロはまさに炎を吐くようなエネルギーだ。
8. Djallo #1
インストゥルメンタルによる幕間。
反復するコードとエフェクトで、まるで荒野に佇むような孤独感を描写。
心を休ませる隙を与える、幻のような楽曲。
9. Djallo #2
#1の流れを受け継ぎながら、徐々に再びテンションを上げていく後半の起点。
リズムが徐々に立ち上がり、サイケデリックに空間が広がっていく。
ライヴ演奏でもハイライトになること必至の構成力。
10. Funeral for Justice (Reprise)
冒頭曲の再解釈版。
よりスローかつ重苦しいテンポで、葬送のように展開される。
音の余白と沈黙が、怒り以上の“哀悼”を物語る。
総評
『Funeral for Justice』は、Mdou Moctarがアーティストとして最も政治的・社会的に明確な主張を放った作品であり、サハラ・ロックというジャンルの限界を再定義した問題作である。
このアルバムにおいて、ギターは武器であり、歌は声明であり、音楽そのものが抗議運動の一部として機能している。
かつての“砂漠のヘンドリックス”は、今や“砂漠のレイジ・アゲインスト・ザ・マシーン”へと変貌したとも言える。
それでも根底にあるのは、民族の誇りと連帯への信念であり、Moctarの音楽は憤怒と希望を等しく孕んでいる。
この作品は、単なる音楽アルバムとして聴かれるべきではない。
それは、正義が殺された時代のレクイエムであり、次なる希望の炎を灯すためのラストワードなのである。
おすすめアルバム(5枚)
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Rage Against the Machine / Rage Against the Machine
音楽による政治的抗議の代表格。怒りを音に変える方法論に共鳴する。 -
Tinariwen / Amadjar
より静かながら鋭いトゥアレグの政治詩。同じサハラからの声。 -
Fela Kuti / Coffin for Head of State
音楽と政治を直接結びつけたアフリカ音楽の象徴。 -
Bambara / Stray
ノイズと詩の融合によるポストパンク的怒り。現代のディストピアとリンクする。 -
Mdou Moctar / Afrique Victime
本作の前段階にあたる傑作。怒りと美しさの均衡が取れた一枚。
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