
発売日: 2022年9月30日
ジャンル: アート・ポップ、エクスペリメンタル、エレクトロニカ、クラリネット・ミュージック、ガバ/ブレイクビート、アヴァン・ポップ
概要
Björkの10作目のスタジオ・アルバム『Fossora』は、彼女のディスコグラフィーの中でもとりわけ「地に足のついた作品」として位置づけられる一枚である。ラテン語に由来するタイトル“Fossora”は、「掘る女」「土を掘る者」といった意味を帯びており、その語感が示す通り、本作は空や宇宙、観念的な精神世界ではなく、土壌、菌糸、根、穴、地下、湿り気といった、きわめて物質的で生態学的なイメージを中心に構築されている。Björkの作品はこれまでも自然と身体、テクノロジーと感情、個人と宇宙を接続してきたが、『Fossora』ではその視線が下方へ、つまり地面の内部へ向けられている。この「下へ潜る」という動きが、本作の音楽的・感情的・思想的な性格を決定づけている。
前作『Utopia』が鳥、空気、フルート、幻想的な高域、再生や逃避の感覚をまとった作品だったのに対し、『Fossora』はその対極にある。ここで鳴るのは、軽やかな上昇感ではなく、重量、腐植、密度、絡まり合いである。だがそれは単純な暗さではない。むしろ本作は、喪失や孤独、記憶を扱いながらも、それらを「地下で分解され、別の生命へ変わるもの」として捉えている。その意味で『Fossora』は、悲しみを美化したり、抽象的な精神性へ昇華したりするのではなく、死や喪失を土へ返すように処理していくアルバムである。Björkの作品はしばしば自然を比喩的に用いるが、本作において自然は装飾ではなく、感情そのもののモデルとして機能している。
キャリア上の位置づけとして見ると、『Fossora』は『Vulnicura』以降の三部作的な流れの終着点としても理解できる。『Vulnicura』では破局と傷、『Utopia』では再生と想像力の回復が主題化されていたが、『Fossora』では、それらの経験を経た後に残る生活、家族、死者との関係、居住空間、根づくことの意味が問われる。つまりここでのBjörkは、痛みの只中でも、未来への純化された飛翔でもなく、「経験の堆積した場所に住むこと」を主題化している。これはキャリア初期の『Post』の都市的な多動感とも、『Homogenic』の火山的な自己形成とも異なる成熟のあり方であり、非常に後年のBjörkらしい視点である。
本作を特徴づける音響上の大きな要素として、クラリネット・セクステットの存在が挙げられる。Björkは過去にもストリングス、フルート、ヴォイス、ビートを作品ごとに独自の比重で配置してきたが、『Fossora』ではクラリネット群がアルバムの生態系を形作る。木管特有の湿った質感、複数本が絡み合うときの菌糸的な運動、土の中を這うような音のうねりが、本作のタイトルや主題ときわめて高い一致を見せる。そこに電子音、ビート、そしてしばしばガバ的とも言える激しいリズムが差し込まれることで、アルバムは単なる室内楽的作品にはならない。むしろ『Fossora』は、地下の自然環境とレイヴ的な身体性が奇妙に結託した作品なのである。
この“土とレイヴ”の接続は、本作を非常に現代的なものにしている。Björkは昔から、自然とテクノロジーを対立させるのではなく、相互に変換可能なものとして扱ってきた。『Fossora』でも、菌類や根のネットワークは、デジタルな接続性やリズムの分節と矛盾しない。むしろ地下の生命活動とクラブ・ミュージックの反復運動が、同じように群れ、脈打ち、伝播するものとして捉えられている。ここにあるのは、自然回帰ではなく、「自然それ自体の複雑さがすでに実験的である」という感覚だ。Björkは土壌をロマン化しない。その代わり、そこに存在する腐敗、増殖、循環、混成を、そのまま音楽の構造へ変換する。
また本作は、母の死を重要な背景として持つアルバムでもある。この個人的な喪失が『Fossora』に深い影を落としているのは確かだが、興味深いのは、それがアルバム全体を厳粛な追悼作品にしていないことである。Björkは死を静かな鎮魂だけで扱うのではなく、家族、継承、土への帰還、そして残された者の生活へと接続していく。結果として本作には、深い悲しみと同時に、奇妙な活力やユーモア、家庭的な温度も共存している。これは、死を終点ではなく、生態系の一部として考える本作の世界観と一致している。
音楽史的に見ても、『Fossora』は後期Björkの重要作である。前衛性を保ちながら、家族的・生活的・地上的な主題へこれほど強く根を下ろした作品は、彼女のカタログの中でも特異だ。しかもそれは単なる“穏やかな成熟”ではなく、ガバ的ビートや過剰な音の密度を含むラディカルな形で実現されている。年齢を重ねたアーティストが内省へ向かうとき、しばしば音楽は静かになりがちだが、Björkはここでむしろ、地中の生命力のような騒がしさ、ぐちゃぐちゃとした複雑さを作品化している。『Fossora』は、成熟とは整理整頓ではなく、経験の堆積を複数の層のまま抱えることなのだと示すアルバムである。
全曲レビュー
1.atopos
アルバムの幕開けを飾るこの曲は、『Fossora』の方法論を最初から明確に提示する。タイトルの“Atopos”は「分類不可能なもの」「場違いなもの」などを連想させるが、まさにこの曲は、木管のうねりと重いビートが奇妙に絡み合い、通常のポップの整理された座標には収まらない。クラリネット群は滑らかに歌うというより、絡まり、のたうち、地面の下で菌糸が広がるような動きを見せる。その上に置かれるビートは四つ打ちの快楽というより、土を踏みしめるような圧力を持ち、アルバム全体の“地下感”を強く印象づける。
歌詞面でもこの曲は、本作の重要な思想を先取りしている。違いを排除せず、むしろ多様性と複雑さの中に身を置く姿勢が強く表れており、それは音響構造そのものとも対応している。Björkはここで、分かりやすい秩序ではなく、混沌の中の共存を肯定している。オープニングとして非常に強力であり、土壌、生物群、共同体、そして分類からこぼれ落ちる存在たちが、このアルバムにおいてどのような価値を持つかを宣言する一曲である。
2.ovule
続く「Ovule」は、『Fossora』の中では比較的エモーショナルな正面性を持つ曲である。“Ovule”という語は卵細胞や植物の胚珠を想起させ、繁殖や潜在性、保護された生命の核といったイメージを喚起する。Björkの歌唱は前曲よりも輪郭がはっきりしており、メロディの流れも掴みやすいが、その背後ではやはりクラリネットと電子音が複雑に絡み合い、感情を単純なラヴソングには還元させない。
この曲で重要なのは、愛や親密さが抽象的なロマンティシズムではなく、具体的で生物学的なイメージとともに描かれている点である。愛はここで、きらめく理想ではなく、細胞、保護、胚、身体的交換に近い次元で捉えられている。そのため楽曲には温かさがありながらも、同時にどこか不穏な濃度がある。Björkの近年の作品に特徴的な、身体と感情を分離しない感覚がよく表れたトラックである。
3.mycelia
タイトルが示す通り、この短いインタールードは菌糸そのものを音にしたような作品である。クラリネットの多層的な絡まりは、旋律というよりネットワーク、線の集合、地下を這う接続の可聴化に近い。『Fossora』の主題を理解するうえで非常に象徴的なトラックであり、ここでは人間の感情表現より先に、生態系の構造そのものが前景化している。
通常のアルバムであれば、こうした短い器楽的断片は単なるつなぎに見えるかもしれない。しかし本作において「Mycelia」は、アルバム全体の思考法を最も純粋に示す中心のひとつである。すなわち、生命とは単体ではなく接続であり、目に見える花や果実よりも、その下で広がる見えない関係性こそが重要なのだという視点である。Björkはこの小品を通じて、アルバムの美学を概念ではなく音の運動として提示している。
4.sorrowful soil
本作の感情的な核のひとつ。タイトルの“悲しみの土壌”という表現は、喪失と大地を直接結びつけており、『Fossora』が悲しみをいかに扱うかを端的に表している。母の死という背景を知るとこの曲の重みはさらに増すが、重要なのは、それが単なる私的追悼の吐露にとどまらないことである。Björkはここで、悲しみを内面の深い穴としてだけではなく、生命が分解され、別の形へ移る土壌のプロセスとして捉えている。
音楽的には合唱的な響きが重要で、個人の嘆きというより、共同体的な鎮魂の気配がある。これは『Medúlla』的なヴォイスの集団性を思わせる一方で、より地上的で落ち着いた質感を持つ。悲しみを抱えるだけでなく、それを土に混ぜ、共同体の声で受け止めるようなこの曲は、Björkの後期作品の中でも特に静かな強度を持つ名曲である。
5.ancestress
アルバムの中心を成す長尺曲であり、母への直接的なオマージュとしても受け取られる重要曲。“祖先”ではなく“女系の祖先”を意味するタイトルは、継承、母系、身体の連なりを明確に示している。Björkはここで、母を単に失われた個人としてではなく、自分の存在に流れ込んでいる時間の一部として歌う。つまりこの曲は追悼であると同時に、自分が誰から来たのかを確認する歌でもある。
楽曲は静けさと緊張を併せ持ち、木管の響きが祈りのような質感を与えている。歌詞には具体的な身体や病、人生の終わりに関する言及が含まれており、抽象的な神秘化は避けられている。そのため感動は安易な美化からではなく、死を具体的な事実として見つめ、その上で関係の深さを言葉にしようとする誠実さから生まれる。Björkのディスコグラフィーの中でも屈指のパーソナルな曲でありながら、その主題は普遍的な家族の記憶へも広がっていく。
6. Fagurt Er Í Fjörðum
アイスランド語で歌われるこの曲は、アルバムの流れの中で一種の静かな窓のような役割を果たす。伝承歌的な佇まいを持ち、土地と記憶と文化的継承が、非常に素朴な形で表れる。Björkはグローバルな前衛ポップの作り手であると同時に、つねにアイスランドの風土や言語を作品へ持ち込んできたが、この曲ではそれがほとんど飾りなく提示される。
『Fossora』の中でこの曲が重要なのは、死や家族、土壌という主題が、単なる個人的経験ではなく、土地に根ざした文化的時間の中に置かれていることを示すからである。前後の曲に比べれば控えめだが、アルバムの地層にひとつの深みを与えるトラックである。
7.victimhood
この曲では、Björkがきわめて現代的なテーマを、独自の言語で処理しているのが印象的である。タイトルの“被害者性”は心理的・社会的な複雑さを含む語であり、ここでは単純な自己正当化や告発のレベルではなく、人間関係の中で人がどのように自分の位置を物語化するかが問われているように響く。音は重く、ゆっくりと圧をかけるように進み、アルバムの中でもとりわけ不穏な緊張を持つ。
この曲が優れているのは、テーマの現代性に対して、音が説明的にならないことだ。むしろクラリネットの低いうねりや電子音の圧迫感によって、感情のねじれそのものを体感させる。被害者であること、そう語ること、そう見なされることの複雑さを、Björkは言葉だけでなく音響の重さで表している。非常に難度の高い曲だが、アルバムの思想的深度を支える重要なトラックである。
8.allow
ここでアルバムは少し呼吸を変え、より開いた感触を持つ。タイトルの“Allow”は、許す、通す、認める、受け入れるといった意味を持ち、『Fossora』全体の中では硬直や執着から少し身をほどく方向を示しているように聞こえる。『Utopia』期に構想された素材の延長にあるとも言われるこの曲は、確かに前作に近い軽やかさや明るさを部分的に残している。
しかし本作の文脈で聴くと、その軽さは単なる飛翔ではなく、地下世界を経た後に得られた通気性として機能している。つまり“許すこと”や“通すこと”が、現実からの逃避ではなく、堆積物を抱えたまま風を入れる行為として響くのだ。アルバムの中で貴重な緩衝地帯であり、感情の密度に多様性を与えている。
9.fungal city
本作の中でもっとも快楽的で、クラブ的な興奮を備えた曲のひとつ。タイトルの“菌類都市”というイメージだけでも、『Fossora』がいかに独特の世界観を持つかが分かるが、ここでBjörkは地下の生態系を、都市のネットワークやレイヴ空間に接続している。ビートは鋭く、反復は強く、曲全体には踊れる推進力がある一方で、クラリネットや音の密度が、通常のダンス・トラックにはないぬめりと複雑さを加えている。
この曲の魅力は、自然とテクノロジー、土とクラブ、増殖と恍惚がまったく矛盾なく共存していることにある。菌類の都市は、腐敗の場所であると同時に豊かなネットワークの場所でもある。Björkはここで、地下の生命活動をレイヴの多幸感へと接続し、自然を牧歌ではなく過剰なダンスのエネルギーとして再定義している。『Fossora』の美学が最も鮮やかにポップへ転化した一曲である。
10. Trölla-Gabba
タイトルからして、この曲は本作におけるガバ的衝動をもっとも直接的に示している。トロール的、民俗的な気配と、ハードコア・テクノ/ガバ由来の暴力的なリズム感が接合され、非常に異様な高揚を生んでいる。Björkはもともとビートの使い方において独特の身体感覚を持っていたが、この曲ではその感覚がほとんど祝祭的な混沌として爆発する。
ただし、ここでの激しさは単なるクラブ仕様ではない。むしろ民俗的な地下世界、妖精譚、土壌の中の不可視な存在たちが、レイヴのテンションと結びつくことで、異界の祭りのような趣を帯びる。『Fossora』の世界が持つ“かわいらしさ”と“気味の悪さ”の混在が最も端的に表れた曲であり、アルバムに強烈なエッジを与えている。
11.freefall
アルバム後半の重要曲であり、感情面では非常に繊細な位置を占める。タイトルの“自由落下”は解放と危険の両方を含むが、この曲ではそれが、コントロールの喪失を恐れつつも、なお落ちていくしかない心の状態として響く。音響は比較的抑制されており、Björkの声の不安定なニュアンスがよく聞こえる。
『Fossora』は土に根を張るアルバムである一方、ここではあえて「落下」という運動が主題になるのが興味深い。根づくことは静止ではなく、深く沈むことでもある。したがってこの“落下”は、空中から地面へ落ちるというより、心が地中深く沈み込み、自分の内部の層へ降りていく感覚に近い。非常に美しいが、不安も濃く残る曲であり、アルバムの感情的陰影を支えている。
12.fossora
タイトル曲は、アルバム全体のテーマを最も祝祭的かつ露骨に提示する一曲である。ここでBjörkは“掘る女”としての自己像を、ほとんどユーモラスなほど力強く引き受ける。ビートは重く、クラリネットはうねり、音像は地下で宴が開かれているかのように密集している。タイトル曲でありながら厳粛な総括ではなく、むしろこのアルバムが持つ泥臭さ、生命力、過剰さを前面に押し出している点が非常にBjörkらしい。
歌詞においても、掘ること、根づくこと、住むこと、菌類的につながることが、抽象概念ではなく、きわめて身体的で具体的な営みとして語られる。Björkのディスコグラフィーにはタイトル曲が作品全体の理念を凝縮する例が多いが、この曲もまさにその一つである。『Fossora』という言葉の響きそのものが、音楽のうねりと結びついて、アルバムの核を可聴化している。
13.her mother’s house
アルバムの締めくくりは、きわめて私的で、同時に世代的な視点を持つこの曲に託される。ここでは母の死だけでなく、娘との関係、家、継承、距離の取り方、そして女性たちのあいだで受け継がれる空間が主題化される。“母の家”は具体的な住居であると同時に、記憶の容れ物であり、家系の感情構造そのものでもある。
音楽的には前曲までの濃密な地下性から少し解かれ、より透明な余韻がある。だからといって空へ戻るわけではなく、むしろ土を掘り終えたあとに、そこから見上げる静かな光のような感覚が残る。アルバムを家族の歌として閉じるこの構成は非常に重要で、『Fossora』が自然や生態系についての作品であると同時に、具体的な家庭と血縁のアルバムでもあることを最後に明確にしている。静かな終曲だが、その余韻は深い。
総評
『Fossora』は、Björkの後期作品の中でも特に豊かな“堆積”を感じさせるアルバムである。ここには『Vulnicura』の傷、『Utopia』の再生、さらにそれ以前から一貫して続く身体性、自然観、音響実験、共同体意識が、整理されることなく複数の層として共存している。そのため本作は一聴して分かりやすい統一感を持つというより、湿った土のように、手で触れるとさまざまな成分が混ざり合っていることが分かるタイプの作品である。だがまさにその“混成”こそが、このアルバムの価値だ。
本作の主題は喪失、家族、土壌、菌類、根、死者との関係、住まうことなど、多くの後期作家が静かな回想として扱いそうなものばかりである。しかしBjörkはそれを穏やかな室内楽へ閉じ込めない。クラリネットの群生するようなアレンジ、ガバやブレイクビートの激しい反復、地下祝祭のような異様な高揚を導入することで、彼女は成熟を沈静化ではなく“増殖”として表現している。つまり『Fossora』は、大人になったアーティストの落ち着いたアルバムではなく、経験を積んだがゆえに複雑さをそのまま鳴らせるアーティストのアルバムなのだ。
感情表現の面でも、本作は非常に優れている。とりわけ「Sorrowful Soil」「Ancestress」「Her Mother’s House」によって形成される家族と死のラインは、Björkのカタログの中でも最も具体的で成熟した感情の記録のひとつである。一方で「Atopos」「Fungal City」「Trölla-Gabba」「Fossora」のような曲では、生命の騒がしさ、肉体の衝動、レイヴ的な共同性が強く打ち出される。この悲しみと快楽、追悼と祝祭の同居は、本作を単なる喪失のアルバムではなく、死と生が同じ土壌で循環する作品にしている。
音楽性の面では、クラリネット・セクステットの導入が見事である。木管の音色が持つ湿り気、密度、複数性が、これほどアルバムのコンセプトと一致した例は少ない。Björkはつねに楽器選択において“音色そのものが世界観である”ことを理解してきたが、『Fossora』ではその感覚が改めて高い精度で発揮されている。しかもそこに電子的なビートやノイズ的処理が加わることで、本作は民俗音楽的にも純クラシカルにもならない。あくまでBjörkにしか作れない、奇妙で生態学的なポップとして成立している。
総じて『Fossora』は、Björkのディスコグラフィーの中でも最も“地下的”なアルバムであり、同時に最も“生活”へ根を下ろしたアルバムでもある。空想の楽園でも、傷の記録でもなく、喪失を経験した後に、それでも家に住み、土を掘り、家族を思い、菌類のように他者とつながりながら生きること。その複雑で泥まみれの営みを、これほど独創的な音楽へ変えた作品はきわめて稀である。『Fossora』は、Björkの成熟が単なる内省ではなく、より深く地中へ潜り、そこで新しい生態系を築くことにあると示した重要作である。
おすすめアルバム
1. Björk – Vulnicura
喪失と傷を直接的に扱った作品であり、『Fossora』の感情的前史として重要。よりストリングス中心で鋭利だが、家族や破局の経験を深く掘る姿勢に連続性がある。
2. Björk – Utopia
『Fossora』の直前作。フルートや鳥のイメージによる上昇的な世界観が特徴で、本作の“地下性”との対比によって両作の関係がより明確になる。
3. Björk – Medúlla
身体性、共同体的な声、原始性と未来性の同居という点で、『Fossora』と深く通じる作品。コンセプトは異なるが、生身の感覚を音響構造へ変換する手法が共通する。
4. The Knife – Shaking the Habitual
自然、社会、身体、電子音楽を急進的な形で結びつけた作品。ダークで土着的な感触、政治性と実験性の共存という点で『Fossora』と高い親和性を持つ。
5. Gazelle Twin & NYX – Deep England
土着性、儀式性、集団的ヴォイス、電子音の重さを備えた作品。地中的・民俗的な感覚と現代的プロダクションが混ざる点で、『Fossora』の地下祝祭的な側面とよく響き合う。



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