発売日: 1973年10月9日
ジャンル: シンガーソングライター、フォークロック、カントリーロック
概要
『For Everyman』は、ジャクソン・ブラウンが1973年に発表した2作目のスタジオアルバムであり、
デビュー作『Jackson Browne (Saturate Before Using)』で示した内省的な視線をさらに深化させると同時に、
より広い社会的視野を獲得した、彼のキャリアにおける重要なステップアップ作である。
本作では、個人の愛と喪失だけでなく、
混沌とした時代(ベトナム戦争後のアメリカ)における”希望”と”絶望”というテーマにも踏み込んでいる。
プロデューサーにはブラウン自身とジョン・デイヴィッド・サウザーが名を連ね、
デヴィッド・リンドレー、グラハム・ナッシュ、デヴィッド・クロスビー、エルトン・ジョン(仮名で参加)など、
ウェストコースト・シーンの錚々たる面々が演奏を支えている。
1970年代初頭、ユートピアの夢がしぼみ、現実の重みに直面していたアメリカ社会。
『For Everyman』は、その時代の空気を個人の視点で誠実にすくい上げ、
同時に静かな希望を灯し続けた、不朽の名盤なのである。
全曲レビュー
1. Take It Easy
イーグルスの大ヒット曲のジャクソン・ブラウンによるセルフカバー。
旅と自由を象徴する軽快なオープニングだが、
ブラウンのヴァージョンは、どこかほろ苦い余韻を残す。
2. Our Lady of the Well
精神的救済を求める旅路を描いたフォークバラード。
静かな希望と、遠い救いへの憧れがにじむ。
3. Colors of the Sun
理想と現実の狭間で揺れる心を、美しい自然描写を交えながら繊細に歌い上げる。
4. I Thought I Was a Child
子どもじみた自己認識からの脱却をテーマにした曲。
成長することの痛みと喜びを、柔らかなメロディで包み込む。
5. These Days
ニコなどにも提供された初期代表曲のセルフカバー。
諦念と淡い希望をたたえたリリックが、年齢を重ねたブラウンの声にしっとりと響く。
6. Red Neck Friend
エルトン・ジョン(仮名:Rockaday Johnnie)が参加した、
ロックンロール色の強い軽快なナンバー。
アルバム中でも珍しく、明るく遊び心に満ちた楽曲。
7. The Times You’ve Come
親密な恋愛関係の儚さと美しさを描いた、静かでセンシュアルなバラード。
8. Ready or Not
私生活における迷いや期待を率直に描くナンバー。
実生活を反映したリリックが、リアルな臨場感を持って響く。
9. Sing My Songs to Me
内省と表現者としての使命感をテーマにした短い曲。
次曲へのブリッジのような役割を果たしている。
10. For Everyman
アルバムのタイトル曲にして、精神的核となる大曲。
“一部の人間だけが救われるのではなく、すべての人に救済を”
――そんな静かで普遍的な願いが、穏やかだが揺るぎない意志として歌われる。
総評
『For Everyman』は、ジャクソン・ブラウンが”個人的な痛み”を超え、
“時代の痛み”と向き合い始めた瞬間を記録したアルバムである。
デビュー作『Jackson Browne』が内向きの孤独と詩情を描いたのに対し、
本作では、自己と社会、個と全体の間に揺れる複雑な感情が、より広いスケールで表現されている。
それでも、ブラウンは大仰な政治的メッセージを掲げるのではない。
彼が見つめるのは、あくまで”個人の小さな心の動き”であり、
そこに普遍的な希望と絶望を重ね合わせることで、
結果として、極めて深い社会的共感を呼び起こしている。
『For Everyman』は、理想の喪失を受け入れながら、
それでもなお希望を手放さない――
そんな静かな誓いを胸に、1970年代という時代を生きた人々への、
優しく、誠実な賛歌なのである。
おすすめアルバム
- Jackson Browne / Late for the Sky
より内省的で深遠なテーマを追求した次作にして最高傑作。 - Eagles / Desperado
アメリカン・ウェストを背景に、個人と自由を描いたコンセプチュアルな名盤。 - Crosby, Stills, Nash & Young / 4 Way Street
同時代のシンガーソングライターたちによる、社会と個人を見つめたライブアルバム。 - James Taylor / One Man Dog
静かな内省と優れたソングライティングが光る佳作。 - Neil Young / Harvest
1970年代初頭のアメリカ的牧歌性と喪失感を象徴する作品。
歌詞の深読みと文化的背景
『For Everyman』は、ベトナム戦争の傷跡と、
1960年代後半の理想主義の崩壊を背景に制作されている。
「Take It Easy」のように自由を讃える曲も、
ブラウンの手にかかると、どこか旅の孤独と諦念を帯びる。
また、「For Everyman」では、
“少数の特権階級だけが救われるのではなく、すべての人間に救済があるべきだ”という、
静かながら強い倫理的意志が歌われる。
1970年代初頭、アメリカ社会は「個人主義」と「共同体意識」の間で揺れていた。
ブラウンはその狭間に立ち、
自己への誠実さを失わずに、社会への祈りを捧げる。
『For Everyman』は、
“希望とは、すぐには訪れない救いを待ちながらも、なお歌い続けること”
――そんな静かなる信念を、
今なお私たちにそっと語りかけてくれるアルバムなのである。
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