発売日: 2003年9月2日
ジャンル: オルタナティヴ・ロック、ポスト・グランジ、ハードロック
概要
『For All the Drugs in the World』は、Spongeが2003年にリリースした4枚目のスタジオ・アルバムであり、前作『New Pop Sunday』から約4年ぶりに放たれた、“再始動”と“覚醒”を告げる重厚なロック作品である。
本作はインディペンデント・レーベルIdol Recordsからのリリースで、Epic時代のメジャー感や『New Pop Sunday』でのパワーポップ的軽快さを捨て、より粗削りでリアルなトーンへと回帰。
バンドの顔であるVinnie Dombroskiを除いてメンバーは一新されており、その変化がサウンド面にも色濃く反映されている。
アルバムタイトル「For All the Drugs in the World(この世のすべてのドラッグのために)」は、逃避、依存、崩壊、そしてそこからの再生といった、Spongeの音楽が一貫して描いてきたテーマを、より直接的かつ象徴的に言語化したものでもある。
この作品において彼らは、ポップの皮を剥ぎ捨て、荒々しい感情と切実な叫びをむき出しのまま提示している。
全曲レビュー
1. Treat Me Wrong
重厚なリフと怒りに満ちたボーカルで幕を開ける。
“間違った扱い”を受け続けてきた者の怒声が、スピーカーを通して突き刺さる。
2. Leave This World
タイトル通り、“この世界から出ていく”という逃避の衝動を描いた暗い一曲。
ギターのトーンが重く沈み、リズムも鈍重で、自らの深層心理をのぞき込むようなサウンド。
3. Burning
アルバム中でもっとも攻撃的で疾走感のあるトラック。
「何かが燃えている」という比喩が、怒りとも情熱とも取れる二重性を持つ。
4. Love & Roses
哀しげなメロディと皮肉なタイトルが印象的なバラード調の楽曲。
バラは愛の象徴ではなく、痛みや別離の隠喩として使われている。
5. For All the Drugs in the World
タイトル曲にしてアルバムの核。
ドラッグという“逃避装置”の無力さ、そしてそれでも抗えない人間の弱さを描き出す。
バンド史上でも屈指のダークなリリックと、サイケデリックな音響処理が光る。
6. Punch in the Nose
ユーモラスなタイトルとは裏腹に、内面の葛藤を暴力的なイメージで表現する。
ガレージロック的なラフさが心地よい。
7. Schizophrenic
不安定なリズムとノイジーなギターが印象的なサイケデリック・グランジ。
“分裂症”というテーマを文字通り音楽で体現したような一曲。
8. Blow Your Mind
ミドルテンポで淡々と進行するが、サビで一気に爆発する構成。
“頭を吹き飛ばす”という比喩に、快楽と破壊の両面が込められている。
9. Fame and Glory
名声と栄光を冷笑的に語るトラック。
メジャーデビューからの落差や音楽業界への幻滅がにじみ出るような内容。
10. St. Andrew’s Hall
デトロイトの伝説的ライヴハウスに捧げられたトリビュートソング。
自分たちの“原点”への回帰を静かに、しかし力強く語る。

総評
『For All the Drugs in the World』は、Spongeが華やかなメジャー路線やポップ・フォーマットから完全に離脱し、自分たちのルーツと傷に正面から向き合った“リスタートのアルバム”である。
サウンドは荒削りで重く、リリックは徹底的に内向き。
だがその分、バンドの“嘘のなさ”が極めて強く伝わってくる作品でもある。
それは、キャッチーさや売れるためのアレンジをあえて捨て、自分たちにしか鳴らせない音に賭けた“静かな決意”の記録なのだ。
バンドの中核であるVinnie Dombroskiの表現は、より深く、より苦々しく、しかしよりリアルになっており、このアルバムは彼のパーソナルな物語としても読み解くことができる。
結果として『For All the Drugs in the World』は、Spongeのキャリアの中でも最も過小評価されているが、最も“真実に近い”アルバムと言えるかもしれない。
おすすめアルバム(5枚)
- Filter / Title of Record
内省的でインダストリアルなロックが共通。破壊と静謐のバランスも近い。 - Local H / Here Comes the Zoo
初期グランジ以降の怒りと荒さが共通する、2000年代初頭のリアルロック。 - Chevelle / Wonder What’s Next
ポストグランジとハードロックの融合。Spongeのヘヴィネスと通じる部分が多い。 - Alice in Chains / Tripod (Alice in Chains)
ヘヴィかつ内向的なグランジアルバムの金字塔。精神的な深みが重なる。 -
The Afghan Whigs / 1965
退廃的でソウルフルなロックが特徴。Vinnieのヴォーカルアプローチに近い熱量を持つ。
制作の裏側(Behind the Scenes)
『For All the Drugs in the World』は、Spongeがメンバー再編を経て、インディペンデント・レーベルIdol Recordsに移籍後初となる作品である。
Vinnie Dombroskiはこの時期、音楽業界や自身のキャリアに対する幻滅を抱えつつも、“まだ歌いたいことがある”という衝動に突き動かされていた。
レコーディングはデトロイトのローカルスタジオで行われ、ライブ感を重視したプリミティヴな音作りが徹底された。
過度なプロダクションを排し、演奏と感情をむき出しのまま封じ込めたサウンドは、聴く者にとって“過剰ではないリアルさ”として響く。
本作は、“生き延びるためのロック”として、Spongeというバンドが再び地に足をつけて歩き出すための、重要な一歩だった。
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