発売日: 1995年5月23日
ジャンル: ポスト・グランジ、オルタナティヴ・ロック、ハードロック
概要
『Foma』は、オクラホマ出身のロックバンドThe Nixonsが1995年にMCA Recordsからリリースしたメジャーデビューアルバムであり、彼らのキャリアにおける最大の成功作である。
本作のタイトル「Foma(フォマ)」は、カート・ヴォネガットの小説『猫のゆりかご』に登場する言葉で、“人を幸福にする嘘”を意味する。
このコンセプトは、アルバム全体のテーマにも巧みに反映されており、真実と虚構、癒しと偽りの間で揺れる感情を、エモーショナルかつ重厚なサウンドで表現している。
The Nixonsは、グランジの終焉とポスト・グランジの台頭という時代の狭間で登場したが、彼らの音楽はNirvana直系の混沌というよりも、メロディアスで内省的なアプローチを採っていた。
『Foma』はそのスタイルを完成させた作品であり、「Sister」「Wire」などの代表曲を収録し、MTVやオルタナ系ラジオで広く支持を獲得した。
全曲レビュー
1. Fool
ヘヴィなギターリフとシャープなドラムで幕を開けるオープニング・トラック。
「愚か者」というタイトルに反して、構成は精緻で切れ味鋭い。
自己否定と怒りが交錯する典型的ポスト・グランジ楽曲。
2. Head
一転してメロディアスで浮遊感あるギターが印象的。
内面世界の葛藤と“思考のノイズ”を描くような歌詞が中毒性を生む。
3. Sister
バンド最大のヒット曲。
美しく悲しいメロディと、チェロの導入による重層的なアレンジが印象的なパワーバラード。
リリックには家族や信仰、祈りが重なり、深いエモーションを湛える。
4. Trampoline
『Halo』からの再録曲。跳ねるようなリズムとエネルギー溢れるヴォーカルが、ライブ感満点の1曲。
サビの高揚感はアルバム全体の中でも屈指。
5. Happy Song
タイトルとは裏腹に、サウンドはタイトでヘヴィ。
“幸せ”という皮肉をテーマに、現代社会の虚無を描く。
6. Sweet Unknown
不安と魅惑が交差する、ミステリアスなミディアム・チューン。
中盤のブレイクダウンからの盛り上がりが印象的。
7. Drink the Fear
再録曲の中でもアレンジが洗練され、原曲の生々しさを残しつつドラマ性を増している。
“恐怖を飲み干せ”という比喩が、逃避と受容の間にある葛藤を描く。
8. Wired
タイトル通り緊張感の高いナンバー。
“張り詰めた神経”や“切れそうな関係性”を象徴するような不安定な進行が秀逸。
9. Passion
ポスト・グランジらしい抑制と爆発が共存するトラック。
愛情と暴力、純粋さと危険性が交錯するリリックが深い。
10. JLM
ガレージ・ロック調のストレートな楽曲。
アングリー・ヤングマン的な衝動がそのままパッケージされたような1曲。
11. Over
エンディングを飾るにふさわしいスケール感のあるバラード。
“終わり”というキーワードを、美しくも痛切に描く。
余韻を残すラストが印象的。

総評
『Foma』は、The Nixonsが“自分たちの場所”を確立するために全力で作り上げた、最も完成度の高いスタジオ作品である。
グランジという荒波が引き、ポスト・グランジが生まれるタイミングで、本作は過渡期のロックの理想的な形を提示していた。
エモーショナルであること。
メロディアスであること。
かといって、商業主義に媚びないこと——それらのバランスが絶妙に保たれた本作は、30年近く経った今でも十分に通用する強度を持っている。
とくに「Sister」は90年代パワーバラードの隠れた名曲として再評価されるべきであり、ポスト・グランジ時代の“もうひとつの主流”を象徴する楽曲と言えるだろう。
『Foma』は、その名が示す通り、幸福な嘘と痛みの真実が共存する、静かで強いロック・アルバムである。
おすすめアルバム(5枚)
- Live / Throwing Copper
同年にリリースされたポスト・グランジの代表作。精神性の深さと構成力が共通。 - Bush / Razorblade Suitcase
よりシリアスでヘヴィなポスト・グランジ。The Nixonsと同様の世界観を描く。 - Our Lady Peace / Clumsy
メロディアスかつ哲学的なアプローチが『Foma』に近い。 - Collective Soul / Collective Soul
クリーンなプロダクションとポップなメロディを併せ持つ90sオルタナの隠れ名盤。 -
Tonic / Lemon Parade
エモーショナルなボーカルと美しいバラードが光る、近い精神性を持つ作品。
制作の裏側(Behind the Scenes)
『Foma』は、The NixonsがメジャーレーベルMCA Recordsと契約した後、プロデューサーMark Dodson(Anthrax、Judas Priest)を迎えて制作された。
彼の手腕によって、インディーズ時代の荒さが取れ、より洗練されたサウンドが実現した。
また、本作においてはボーカル・ギター・ドラムのバランスに特に配慮されており、「Sister」のチェロ導入など、アレンジ面でも挑戦的な手法が試みられている。
アルバムはBillboard 200にもチャートインし、バンドにとって最大の商業的成功を記録。
しかし同時に、音楽業界の期待と、バンド自身の表現欲求とのジレンマも生まれ始めた作品でもあり、その後の活動にも影響を与えることになる。
『Foma』は、The Nixonsにとって最も多くを手に入れ、そして最も多くを試された分水嶺のアルバムなのだ。
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