
1. 歌詞の概要
「Far Behind」は、アメリカ・シアトル出身のオルタナティブ・ロック/グランジバンド、Candlebox(キャンドルボックス)が1993年にリリースしたデビューアルバム『Candlebox』に収録されている楽曲で、彼らにとって最大のヒットとなった代表曲である。
表面的には、死別や喪失をテーマにしたバラード調のグランジソングのように聞こえるが、その核心には**“過去の人物に対する複雑な感情”と“自己と向き合う痛み”が描かれている。曲は亡くなった親しい人物、もしくは精神的に離れてしまった誰かに対する追悼と怒り、そして赦しを入り混ぜた感情のグラデーション**を巧みに表現している。
サウンドは重厚でありながらエモーショナルで、ヴォーカルのケヴィン・マーティンによる叫びにも近い歌声が、歌詞の内面性をより強く響かせる。特にサビの「Now maybe / I didn’t mean to treat you bad…」のリフレインは、悔恨と解放の入り混じった叫びとして聴く者の胸を打つ。
2. 歌詞のバックグラウンド
Candleboxは1990年代初頭、ニルヴァーナやパール・ジャムに続くグランジムーブメントの波に乗って登場したが、他の“グランジ四天王”に比べるとよりメロディアスで叙情的な表現に重きを置いたバンドとして知られている。
「Far Behind」は、ボーカルのケヴィン・マーティンが亡くなった友人であり薬物依存に苦しんだ人物を思って書いた歌だと言われている。その友人が誰であったかは明言されていないが、しばしばMother Love Boneのボーカル、アンドリュー・ウッドを想起させるものとしてファンの間で語られることがある。アンドリュー・ウッドは1990年にドラッグの過剰摂取で亡くなり、後のグランジシーンにも多大な影響を与えた人物である。
この曲に込められた思いは、単なる哀悼ではない。むしろ**「助けたかったのに助けられなかった」ことへの怒りや無力感**、そして過去との決別を表現しており、結果として“自分自身を赦す”ための儀式のような側面も持っている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に印象的な部分を抜粋し、英語と日本語訳を併記する(出典:Genius Lyrics):
Now maybe / I didn’t mean to treat you bad
But I did it anyway
「たぶん…君をひどく扱うつもりなんてなかった
でも結局、そうしてしまった」
And now maybe / Some would say your life was sad
But you lived it anyway
「たぶん…君の人生は哀しかったと誰かは言うかもしれない
けど君は、君のやり方で生きたんだよな」
So far behind…
「ずっと、遠くに置いてきた…」
このサビは、まるで取り返しのつかないことを反芻しながら、それでも前に進もうとする人の心の葛藤をそのまま表現している。ひとつひとつの言葉が重く、切実で、正直だ。
4. 歌詞の考察
「Far Behind」は、喪失に対する楽曲であると同時に、罪悪感と赦しをめぐる内面的対話の記録でもある。亡くなった友人との思い出、後悔、怒り、そしてその存在がいかに大切だったかを改めて思い返す過程が、歌詞とメロディに緻密に織り込まれている。
「I didn’t mean to treat you bad」と語りながらも、「but I did it anyway」と続けるそのフレーズは、言い訳の余地のない自己批判であり、それを自覚することこそが癒しの第一歩であるという心理的真理を描いている。
また、タイトルの「Far Behind(ずっと後ろに置いてきた)」という言葉には二重の意味がある。物理的な死別、精神的な決別、そして過去への未練と決別。そのどれもがこの一言に集約されており、言葉少なに深い感情を表現するというグランジ文学の真髄を感じさせる。
サウンドの面でも、重々しくもどこか開放感のあるギターと、エモーショナルなブレイクダウンのコントラストが、この内面の“抗いようのない感情のうねり”を視覚的に、あるいは映画的に伝えてくるような構成になっている。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Would? by Alice in Chains
亡くなったアンドリュー・ウッドに捧げられた、罪と赦しのグランジバラード。 - Black by Pearl Jam
愛と喪失の深淵を覗き込むような、魂の震えるバラード。 - Creep by Stone Temple Pilots
自己嫌悪と周囲との隔たりを、静かに爆発させた90年代の名曲。 - Jeremy by Pearl Jam
苦しみを抱えた少年の内面を描いた、実話に基づくエモーショナル・ソング。 - The Day I Tried to Live by Soundgarden
生きることへの諦めと希望の入り混じった心理を叫ぶ、深遠なロックナンバー。
6. “置いてきたのは君なのか、それとも自分自身か”
「Far Behind」は、ただの哀歌ではない。それは、過去の誰かを悼むことで、今の自分を救おうとする歌であり、そして同時に、赦せない自分自身をようやく認めるための第一声でもある。
人を失うということは、何かを失うということ以上に、「あのときこうしていれば」「助けられたのに」という**“if”の連続に心が支配されること**でもある。そしてCandleboxは、そのどうしようもなさを「でも結局、そうしてしまった(but I did it anyway)」という一言で飲み込みながら、前に進む力を見つけていく。
「Far Behind」は、喪失と赦しと前進をテーマにした、グランジ黄金期を象徴する珠玉のロックバラードである。Candleboxの代表曲として今なお愛され続けているのは、その歌詞があまりに正直で、あまりに人間的だからだ。声にならない後悔や、許せなかったあの時の自分を、そっと抱きしめるような1曲。それは、遠くに置いてきた誰かへ、そして今ここにいる自分自身への、鎮魂と再生の歌なのである。
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