1. 歌詞の概要
「Eye of the Lens」は、The Comsat Angelsが1981年に発表した2ndアルバム『Sleep No More』のセッション中に制作され、アルバムには未収録ながらもシングルとしてリリースされた楽曲である。その後、再発盤やコンピレーションで広く知られるようになり、現在ではバンドの代表曲のひとつとして高く評価されている。
この楽曲のタイトル「Eye of the Lens（レンズの目）」が象徴するのは、第三者的な視点、あるいはすべてを見透かす監視の視線である。歌詞全体を通して、見られていることへの意識、観察されることによって揺らぐ自己認識、そしてその中で生まれる疎外感や不安が描かれている。
現代における監視社会を予見するかのようなテーマを1981年という時代に提示していることからもわかるように、「Eye of the Lens」はポストパンクというジャンルの知的で批評的な側面を鋭く体現した作品である。
2. 歌詞のバックグラウンド
The Comsat Angelsは、イギリス・シェフィールド出身のバンドで、当時のニューウェイヴ／ポストパンクの潮流の中でも特に暗く、抑制された美学をもつ存在だった。彼らのサウンドは冷たく、研ぎ澄まされており、日常の不安や孤独を静かに、だが鮮やかに浮かび上がらせていく。
「Eye of the Lens」は『Sleep No More』のセッション中に録音され、シングル「Eye of the Lens / At Sea」(1981年)としてリリースされた。この時期のThe Comsat Angelsは、より内面的かつ映像的な表現へと傾斜しており、この楽曲はその過渡期に生まれた独特なテンションを帯びている。
また、レンズや視線といったイメージは、当時のメディア社会の発展に伴って拡張しつつあった「見る／見られる」の関係を先鋭化しており、今日的なSNS文化にも通じる普遍的テーマを内包している。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に歌詞の印象的なフレーズを抜粋し、日本語訳を添えて紹介する。全歌詞はこちら（Genius Lyrics）で確認できる。
It’s so funny how we see things so clear
こんなにも鮮明に物事が見えるなんて、まるでおかしな話だ
Through the eye of the lens
レンズの目を通して見ると
Nothing hides, nothing disappears
何も隠れられず、何も消え去ることがない
このパートでは、視線やカメラによる監視の感覚が強調されている。「レンズを通して見ること」は、現実を歪めたり客観化する反面、かえって人間の本質を露わにしてしまう行為でもある。
And the fear never leaves
そして恐れは決して消えない
It’s the eye of the lens
それはレンズの目のせいだ
この反復は、無意識のうちに感じる不安の根源が、常に「誰かに見られている」という意識にあることを暗示する。もはや現実よりも視線が支配する世界――それがこの曲の描く社会である。
4. 歌詞の考察
「Eye of the Lens」が提示するテーマは、今日的な監視社会の到来を先取りした、極めて先鋭的なものである。監視カメラ、メディア、データベース――それらが普及するはるか前に、The Comsat Angelsは「視られること」によって生じる存在の変質を見抜いていた。
レンズとは、単なる光学装置ではない。それは現実を切り取り、意味を付与し、時に操る力を持っている。レンズ越しに世界を見ることで、私たちは「見ているつもりで見られている」状態に陥る。主体と客体が反転するその感覚を、この曲は冷徹に表現している。
そして何より興味深いのは、この曲に怒りや叫びが存在しない点である。あくまで冷静に、むしろ淡々と、しかし確かに「恐れ」が染み出してくる。その抑制された表現こそが、The Comsat Angelsの美学であり、ポストパンクの魅力の一つでもある。
音楽面でも、リバーブの効いたギターと無機質なビートが印象的で、都市の冷たさ、孤独、無表情な日常の中に潜む不気味さを見事に音像化している。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Warm Leatherette by The Normal
テクノロジーと身体の関係を病的に描いた電子音楽の先駆。 - Public Image by Public Image Ltd.
自意識とメディアの交錯をテーマにした、ポストパンクの鋭利な批評。 - Underpass by John Foxx
都市の夜とテクノロジーに覆われた孤独な風景を音像化。 - Photographic by Depeche Mode
カメラ、レンズ、視線といったモチーフが同様に散りばめられた初期エレポップの隠れた名曲。 - No Love Lost by Joy Division
静けさと攻撃性、視線と距離感の微妙な均衡を描いた作品。
6. 見ること、見られることの境界線を揺るがす一曲
「Eye of the Lens」は、ポストパンクというジャンルが持つ批評性と内省性を極限まで追求した楽曲である。
この曲を聴いていると、自分が“誰か”の視線の中にいるような感覚がじわじわと忍び寄ってくる。そしてその視線は、カメラや他人だけでなく、自分自身の中にある「自己監視」の視線でもあるかもしれない。社会の中で生きるということは、常に“観察される存在”であるということなのだと、この曲は静かに告げている。
沈黙の中に潜む不安、冷たさの中に宿る情念。その緊張感を美しく描き出した「Eye of the Lens」は、まさにThe Comsat Angelsの芸術性が最も鮮やかに結実した瞬間のひとつである。今この瞬間も、誰かが、何かが、あなたを見ているかもしれない。その気配を感じながら、この曲を再び聴いてみてほしい。
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