
発売日: 1994年8月22日
ジャンル: ブリットポップ、インディーロック、オルタナティヴ・ロック
概要
『Everyone’s Got One』は、Echobellyが1994年にリリースしたデビュー・アルバムであり、
ブリットポップ黎明期において、アジア系女性ヴォーカルをフロントに据えた稀有な存在として、
ポップと政治、メロディと怒りを併存させた革新的作品である。
フロントを務めるSonya Madanはインド生まれ・英国育ちの女性であり、
その知性と異文化的視点、そしてロックへの情熱が交錯する歌詞は、人種・ジェンダー・セクシュアリティといった社会的トピックを含んだ鋭い表現となっている。
音楽的には、ギターポップを基盤にしながらも、
パンキッシュなエッジとUKロックの叙情を融合させ、ブリットポップの“マス”とは一線を画す尖った美学を体現した。
アルバムタイトルの『Everyone’s Got One』は略して「EGO」とも読めるが、
それはまさに“誰もが内に抱える自己主張と闘いの意志”を象徴しているのだ。
全曲レビュー
1. Today, Tomorrow, Sometime Never
パンク的な緊張感に満ちたオープニング。
“今日、明日、あるいは永遠にない”というタイトルは、選ばれない者たちの視点に立った反抗の詩。
2. Father Ruler King Computer
政治的・社会的テーマが顕著な楽曲。
“父、支配者、王、コンピューター”というタイトルは、家父長制と監視社会の象徴を並列させた痛烈な比喩。
3. Give Her a Gun
“彼女に銃を”という挑発的なタイトルが全てを語る。
抑圧された女性に“武器(=声)”を与えることの意義を問いかける、真のフェミニズム・ロック。
4. I Can’t Imagine the World Without Me
自己肯定感とアイロニーが交錯する本作の代表曲。
“私なしの世界なんて想像できない”というフレーズは、エゴと解放の両義性を孕んだパーソナルな賛歌。
5. Bellyache
内面的な痛みと社会的な息苦しさを重ねるナンバー。
“腹痛”という身体的メタファーが、生きづらさの象徴として深く響く。
6. Taste of You
恋愛と欲望の主観的体験を、情熱と距離感の両面から描くメロディアスなトラック。
7. Insomniac
不眠症の夜を描いた、精神的なざわめきを表現する鋭利なギターワークが印象的。
現代都市生活における不安と自己との闘いが刻まれている。
8. Call Me Names
差別やラベリングへの抗議の歌。
“名前で呼ばないで”というフレーズは、アイデンティティの固定化を拒絶する宣言として機能する。
9. Close… But
届きそうで届かない関係性や夢を歌ったポップなミドルチューン。
挫折の予感と前進の意志が同居する、アルバムの“溜め”となる楽曲。
10. Cold Feet, Warm Heart
“足は冷たいが心は温かい”という逆説的表現が秀逸。
臆病さと優しさが両立する人間性の複雑さを、穏やかなメロディに乗せて歌う。
11. Scream
その名の通り、抑圧された怒りと叫びの爆発。
ポストパンク的な緊張感がアルバム終盤に緊迫感を与える。
12. I May Be a Fool
“愚か者かもしれないけど、私には私のやり方がある”というテーマを持つ、自己容認と解放の小品。
アルバムの締めにふさわしい、優しい着地。
総評
『Everyone’s Got One』は、ブリットポップという枠の中で最も異質で、最も誠実な“ノイズ”を放ったアルバムである。
“かわいさ”や“ポップさ”に回収されがちだった90年代の女性ヴォーカルシーンにおいて、
Sonya Madanは、知性・怒り・色気・政治性・アジア系というマイノリティ性を同時に引き受けながら、
自己表現の純度を高めた稀有な存在だった。
音楽的にも、キャッチーなギターリフの中に棘があり、
ポストパンクや初期ガレージロックに通じるラフで衝動的な手触りがある。
それは単なるオルタナ・ポップではなく、“社会へのまなざしを持ったポップ”としての意義を持つ。
30年近くを経ても、なお新鮮に聴こえる理由はそこにある。
おすすめアルバム
- Elastica / Elastica
鋭いギターとジェンダー意識が共鳴する同時代の女性バンド。 - Lush / Split
女性的内面とサウンドの繊細さを描いたドリームポップの名作。 - PJ Harvey / Rid of Me
怒りと官能、ノイズと詩がせめぎ合うフェミニズム・ロックの極点。 - Salad / Drink Me
ブリットポップの枠内で独自の立場を築いた女性中心バンド。 - Skunk Anansie / Paranoid & Sunburnt
人種・ジェンダー・政治を正面から語るUKバンドの傑作。
歌詞の深読みと文化的背景
『Everyone’s Got One』の歌詞世界は、
“自分を語ること=社会と闘うこと”という構造を見事に体現している。
「Give Her a Gun」や「Father Ruler King Computer」では、
女性や少数者の抑圧に対する明確な反抗と自立の意志が刻まれており、
「Call Me Names」では、人種・ルーツ・身体性に対する差別的言説を静かに拒否している。
一方、「I Can’t Imagine the World Without Me」や「I May Be a Fool」のような曲では、
自己の不完全さや迷いも肯定しつつ、“語ること”の持つ力そのものを信じる姿勢がある。
このアルバムは、90年代のUKロックの中でも極めて少数派でありながら、
声を持たなかった人々に“言葉を与えた”という点で、歴史的意義すら感じさせる重要作なのである。
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