Every Ghetto, Every City by Lauryn Hill(1998)楽曲解説

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1. 歌詞の概要

「Every Ghetto, Every City」は、Lauryn Hillのソロデビューアルバム『The Miseducation of Lauryn Hill』に収録された一曲であり、彼女の幼少期の記憶をカラフルかつリアルに描き出した、愛とノスタルジーに満ちた作品である。

この曲は、Hillが生まれ育ったニュージャージー州サウスオレンジでの生活――特に1970〜80年代のアフリカ系アメリカ人コミュニティの風景や文化――を追憶しながら、同時代に生きるすべての“ゲットーの街”に共通する経験として語られている。

具体的な地名や出来事、人物名が登場することで、彼女の語る世界が決して抽象的な郷愁ではなく、実在したコミュニティと歴史へのオマージュであることが伝わってくる。

歌詞の中心には、「どの街にも、自分たちの歴史があり、誇るべき文化がある」という普遍的なメッセージが込められているのだ。

2. 歌詞のバックグラウンド

「Every Ghetto, Every City」は、アルバム全体の中でも珍しく、完全なラップスタイルで展開されており、Hillのラッパーとしてのスキルと語りの力が存分に発揮されている楽曲である。

音楽的にはスティーヴィー・ワンダーやカーティス・メイフィールドといった70年代ソウルからの強い影響が感じられ、ファンクやゴスペルのニュアンスも漂うトラックとなっている。

Hillがこの曲で回想するのは、貧しさの中にもあった豊かさ、制約の中で育まれた創造性、そして子ども時代の無垢なエネルギーだ。

そのような背景の描写を通して、彼女は「ゲットー=貧困や犯罪の象徴」というステレオタイプを否定し、そこに生きた人々の誇りや文化的価値を正面から肯定している。

3. 歌詞の抜粋と和訳

以下は「Every Ghetto, Every City」の印象的な一節である。出典は genius.com より。

Every ghetto, every city and suburban place I’ve been
 私が訪れたすべてのゲットー、すべての街、すべての郊外には

Make me recall my days in the New Jerusalem
 “ニュー・ジェルサレム”(=ニュージャージー)でのあの日々を思い出させる

Story starts in Hooterville, grew up next to Ivy Hill
 物語はHooterville(※地域名)から始まる、私はIvy Hillの近くで育った

When kids were stealing quarter waters while I’m eating Chick-O-Sticks
 子どもたちは25セントのジュースを盗んで、私はチコ・スティックを食べてた

Hillは、70〜80年代の黒人コミュニティのライフスタイルを具体的なアイテムや風景で再現しながら、それらが彼女の形成にどれほど影響を与えたかを語っている。

「ニュー・ジェルサレム」という表現は、彼女にとっての故郷・ニュージャージーを宗教的な聖地のように語る詩的な比喩であり、その誇りがうかがえる。

4. 歌詞の考察

「Every Ghetto, Every City」は、一見すると個人的な思い出話にすぎないように見えるが、実際には社会的・文化的意義の深い作品である。

Hillはこの曲を通して、都市の貧困地区に生きる人々が持つ“文化の豊かさ”と“人間の尊厳”を称えている。彼女の描写は貧しさを悲劇として捉えるのではなく、その中にあった連帯や遊び、創意工夫といったポジティブな側面に焦点を当てている。

また、「自分の育った場所を肯定する」という行為は、アイデンティティを肯定し、自己のルーツに誇りを持つという意味で非常に力強い。

「Every ghetto, every city」と繰り返すことで、彼女の経験が普遍性を帯び、他の誰かの“ゲットー”にも同じような物語があることを示唆しているのだ。

このように、Hillは自分の過去を語ることで、リスナーに「自分のルーツを語ることの価値」を伝えている。

音楽が社会的背景と個人の記憶をつなぐ装置であることを、彼女はこの楽曲で見事に証明してみせた。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • The Corner by Common feat. The Last Poets
     黒人コミュニティの日常と記憶を社会詩として昇華した、コンシャス・ラップの傑作。

  • Brown Skin Lady by Black Star
     ブラック・カルチャーの美しさと誇りを讃える楽曲で、Hillの視点と響き合う。
  • My Philosophy by Boogie Down Productions
     知的かつ社会的視座をもって語られるヒップホップの原点を知るうえで必聴。

  • Back in the Day (Puff) by Erykah Badu
     子ども時代の遊びや記憶を振り返りながら、過去と現在を結ぶ柔らかな詩情が共通している。

  • Streets of New York by Alicia Keys
     都市に生きることの複雑さと強さを語った作品で、Hillの描くストリートの精神と呼応する。

6. “記憶”が語るもうひとつの歴史 ― ゲットーと称えられる場所の文化的価値

「Every Ghetto, Every City」は、過去を回顧することによって未来への視座を持たせるという点で、単なるノスタルジー以上の意味を持っている。

Hillが回想するのは、ただの“子ども時代の風景”ではない。それは、アメリカの都市に根を張る黒人文化のひとつの縮図であり、決して主流社会には語られることのなかった“もうひとつの歴史”である。

彼女はこの曲で、個人的記憶と社会的記録の境界を曖昧にし、ストリートの声を“詩”へと昇華している。

貧困地区=悲劇という偏見を超えて、そこに宿る生活の美しさ、人々の知恵、音楽の力を掬い上げた「Every Ghetto, Every City」は、記憶こそが最大の抵抗であり、回顧することが未来への表明でもあることを教えてくれる。

それは、全都市、全ゲットー、全世界に通じる物語なのである。

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