
発売日: 1996年1月16日
ジャンル: オルタナティヴ・ロック、パワーポップ、プログレッシヴ・ポップ、マスロック
概要
『El Producto』は、Walt Minkが1996年に発表した3枚目のスタジオ・アルバムであり、
メジャー・レーベル(Columbia Records)からのリリースという背景を持つ、彼らにとって最大規模のチャレンジとなった作品である。
前作『Bareback Ride』までに確立したテクニカルなギターワーク、鋭い変拍子、サイケとポップの交錯というサウンドは、
本作においてより精密に、よりダイナミックに、そしてより“開かれたロックサウンド”として洗練された。
しかしその一方で、商業的な妥協は一切ない。
むしろ、複雑さとキャッチーさの狭間にあるロックの理想形を貫こうとする緊張感に満ちており、
本作は**“変態的に緻密なパワーポップ”として、オルタナ史に刻まれる異色の名盤**となっている。
全曲レビュー
1. Stood a Chance
オープニングにふさわしい疾走感と、突き抜けるようなメロディ。
「望みはあったのか?」と問いかけるような歌詞は、儚さと反骨のエネルギーを含んでおり、
エンジニアリングのクリアさも相まって、バンド史上でもっとも“洗練されたロック”に聴こえる。
2. Everything Worthwhile
シンコペーション多めのリズムに乗せて、“価値あるもの”とは何かを問いかける哲学的ポップ。
ギターのレイヤーとベースの動きが非常に有機的。
3. Me & My Dog
変拍子とキャッチーなリフのバランスが抜群の異色作。
一見ほのぼのとしたタイトルだが、孤独とアイロニーを抱えた内面の寓話とも読める。
4. She’s a Girl
本作でもっともストレートなパワーポップチューン。
メロディはビートルズ的、展開はジェリーフィッシュ的、しかしその下にある構造はWalt Mink独特の理系グルーヴ。
5. Settled
メロウな展開とジャズ的コード進行が印象的なミッドテンポ曲。
「落ち着いた」というタイトルながら、内面では静かに抗うような感情の波が感じられる。
6. Lovely Arrhythmia
“心地よい不整脈”というタイトルが示すように、ポリリズムや拍子のズレを美として昇華した挑戦曲。
サビの突き抜け方が美しく、知性と感情のバランスがとれている。
7. Little Sister
比較的ストレートなギター・ロックながら、リリックには不穏な姉弟関係の陰影が見える。
メジャー進出後も彼らの“癖の強さ”が全く失われていないことを証明する楽曲。
8. Up & Out
後半に向けて加速していくエネルギッシュな一曲。
シンプルな3コード進行に見せかけて、小節ごとのビート配置やブリッジのコード構成は極めて複雑。
9. Listen Up
“耳をすませ”という呼びかけが繰り返される、バンドからリスナーへの静かな挑戦状のような楽曲。
音数が減ることで逆に緊張感が高まり、サイケ色も強く出ている。
10. Love You Better(再録)
1stアルバム『Miss Happiness』収録曲のセルフ・リメイク。
アレンジが洗練され、サウンドの深みと構成の精度が格段にアップ。
キャリア初期と現在の自己をつなぐ“架け橋”としての役割を果たす。
総評
『El Producto』は、Walt Minkが技巧と感情、ロックとポップ、知性と衝動の交差点に立ち続けることを選んだ、キャリア中盤の決定的作品である。
メジャーレーベルという舞台において、よりクリアで力強いプロダクションを獲得しながら、
その中で彼らが持っていた実験性、哲学性、そして独特のユーモアが一切損なわれていない点が驚異的である。
もしこのバンドがもっと商業的に成功していたら?
そう考えたくなる瞬間もあるが、逆にこの“高純度”のまま残ってくれたことが、
Walt Minkという存在の尊さを浮き彫りにしている。
おすすめアルバム
- Jellyfish『Spilt Milk』
技巧とメロディが並立する90sポップの金字塔。整合感と複雑さが共通。 - Shudder to Think『50,000 B.C.』
メジャー移籍後の実験的ロックという文脈。知的変拍子の兄弟分。 - Supergrass『In It for the Money』
ブリットポップ的キャッチーさとリズム遊びの融合。 - Failure『Fantastic Planet』
構成美と轟音の緻密なバランス。『El Producto』と同年期の隠れた対話作。 - Minus the Bear『Highly Refined Pirates』
知的ギターロックとポップネスの融合。構造美と音楽理論への近しさが魅力。
ファンや評論家の反応
『El Producto』は、当時こそメジャー市場でのプロモーションに恵まれず埋もれてしまったが、
現在では**“メジャーで最もアンダーグラウンドなアルバム”の一つ**として再評価されている。
演奏力、構成美、リリック、すべてにおいて手抜きのない仕上がりであり、
“ポップスの皮を被った変拍子ロック”として、後進バンドに多大な影響を与えた重要作とされている。
Walt Minkは時代に翻弄されたが、『El Producto』は時代を超えて鳴り続けるロックの結晶なのだ。
コメント