
発売日: 2018年4月20日
ジャンル: オルタナティヴ・ロック、アートロック、プログレッシブ・ロック
静寂と覚醒の狭間——14年ぶりの帰還
A Perfect Circleの4thアルバムEat the Elephantは、2004年のカバーアルバムeMOTIVe以来14年ぶりの新作となった。本作では、従来のヘヴィなギターサウンドから一線を画し、ピアノやエレクトロニクスを活用した静謐かつシネマティックな音楽性が際立っている。
タイトルの”Eat the Elephant”は、「大きな課題にどのように取り組むか?」という比喩であり、現代社会の混乱、政治的な分断、メディアの操作、個人の覚醒をテーマに据えている。メイナード・ジェームス・キーナンとビリー・ハワーデルのコラボレーションはより洗練され、キーナンのヴォーカルはこれまで以上に柔らかく、内省的な響きを持つ。
ヘヴィネスよりも、メロディと空間の余白を重視した作風が、本作をA Perfect Circleの新たな方向性を示す作品にしている。
全曲レビュー
1. Eat the Elephant
アルバムの幕開けを飾るタイトル曲は、静かで荘厳なピアノを基調とした楽曲。キーナンの柔らかな歌声が、聴き手に問いかけるような雰囲気を作り出している。「一歩ずつ進むことの大切さ」を説く歌詞が印象的で、アルバム全体のテーマを象徴する楽曲だ。
2. Disillusioned
幻想的なピアノとミニマルなアレンジが特徴的な楽曲。スマートフォンとSNSに依存する現代社会を批判する歌詞が込められており、「We have been overrun by our own devices」というラインが象徴的だ。サビでは壮大なメロディが展開され、徐々に高まる緊張感が心を揺さぶる。
3. The Contrarian
静かで不穏なムードを持つ楽曲。タイトルの「Contrarian(反逆者)」が示すように、社会の常識に疑問を投げかける内容となっている。ハワーデルの繊細なギターとキーナンの語るようなヴォーカルが、静かな反抗を描き出している。
4. The Doomed
本作の中でも特に攻撃的なメッセージを持つ楽曲。「善人は滅び、悪人が栄える」という皮肉めいたテーマが歌詞に込められ、現代社会の矛盾を鋭く突く。ダークなベースラインとダイナミックな展開が印象的で、Toolの影響を感じさせるアレンジとなっている。
5. So Long, And Thanks for All the Fish
ポップなメロディと軽快なリズムが特徴的な楽曲。タイトルはダグラス・アダムスの小説『銀河ヒッチハイク・ガイド』から取られており、文明の衰退と皮肉を込めた内容となっている。美しいメロディとは裏腹に、リリックにはアメリカ文化の崩壊を示唆するブラックユーモアが詰め込まれている。
6. TalkTalk
宗教や権力の欺瞞を鋭く批判する楽曲。「Walk the talk(言葉ではなく行動しろ)」というフレーズが繰り返され、無責任な発言や欺瞞に満ちた社会を皮肉っている。サビに向けて徐々に盛り上がる構成がドラマティックで、リスナーの感情を揺さぶる。
7. By and Down the River
2013年にシングルとして発表されたBy and Downの新バージョン。A Perfect Circleらしいミステリアスな雰囲気が漂う楽曲で、流麗なメロディと耽美的なサウンドが印象的。歌詞には、個人の迷いや変化を象徴するような詩的な表現が用いられている。
8. Delicious
グルーヴィーなベースラインが特徴的な楽曲。サビではメロディが開放的になり、アルバムの中でも比較的聴きやすい楽曲のひとつとなっている。歌詞には、誘惑と欺瞞のテーマが含まれており、甘い響きの中に鋭いメッセージが込められている。
9. DLB
短いインストゥルメンタルで、静寂と余白を生かした美しいピアノの旋律が広がる。
10. Hourglass
インダストリアルなビートと歪んだエレクトロニクスが特徴的な楽曲。これまでのA Perfect Circleにはなかった要素が詰め込まれており、ダークで実験的なサウンドが新鮮だ。
11. Feathers
優雅で幻想的な雰囲気を持つ楽曲。鳥の羽を象徴するような軽やかなメロディが印象的で、アルバムのクライマックスにふさわしい壮大な楽曲となっている。
12. Get the Lead Out
アルバムのラストを飾るトラックで、ビートとエレクトロニクスが融合した独特のサウンドが特徴的。夢と現実の境界が曖昧になるような、不安定な空気感を持つ楽曲であり、アルバムを締めくくるのにふさわしい余韻を残す。
総評
Eat the Elephantは、A Perfect Circleがこれまでのヘヴィなギター主体のスタイルを脱し、より成熟したサウンドへと進化した作品である。政治や社会に対するメッセージ性はこれまで通り強いが、音楽的にはより繊細で叙情的なアプローチが目立つ。
ピアノを中心としたアレンジやエレクトロニクスの導入により、アルバム全体がシネマティックな雰囲気を持っており、リスナーに深い余韻を残す。
本作は、A Perfect Circleの新たな方向性を受け入れられるリスナーや、内省的で美しいサウンドを求める人におすすめのアルバムであり、ToolやNine Inch Nailsとは異なるキーナンの音楽性を堪能できる一枚となっている。
おすすめアルバム
-
Tool – Fear Inoculum(2019)
深遠でプログレッシブな作品。 -
Radiohead – A Moon Shaped Pool(2016)
繊細でシネマティックな音楽性が共通する。 -
Nine Inch Nails – Ghosts I-IV(2008)
エレクトロニクスとアートロックの融合が見事な作品。
コメント