発売日: 1987年9月9日
ジャンル: ネオサイケ、オルタナティブ・ロック、アコースティック・ロック、フォーク・サイケ
概要
『Earth, Sun, Moon』は、Love and Rocketsが1987年にリリースしたサード・アルバムであり、ポストパンクの残響とサイケデリアの幻視のあいだに“アコースティックな呼吸”を取り戻した転換点的作品である。
前作『Express』では、トライバルな疾走感と覚醒的なサウンドでポストバウハウスの新境地を切り開いた彼らだが、
本作ではその熱狂を一旦冷却し、より内省的で牧歌的、そしてアーシーなトーンへと大きく舵を切っている。
タイトルが示す通り、“地・太陽・月”という宇宙的なテーマがアルバム全体を貫いており、
そこには輪廻、再生、自然との交感といった東洋的スピリチュアリティも感じさせる。
シングル「No New Tale to Tell」のスマッシュヒットによりアメリカ市場での存在感も増し、
Love and Rocketsは本作をもってオルタナティブ・ロックの主流へと歩み寄ることになる。
だがその音は決して“簡単”ではなく、むしろロックの構造を借りながら精神世界へと潜行していく美しく孤独な旅であった。
全曲レビュー
1. Mirror People
アルバム冒頭にして最もポップでダンサブルなナンバー。
キャッチーなフレーズと跳ねるようなリズムの裏には、“自分の姿しか見られない”現代人のナルシシズムと孤独への批判がある。
リフレインの多用が催眠的で、Love and Rockets流のサイケポップに昇華されている。
2. The Light
フォーク調の柔らかなアコースティックサウンドが心地よい。
「光はいつでもそこにある」というシンプルな言葉に、優しさと祈りに近いニュアンスが込められており、前作までの攻撃性からの明確な脱却が感じられる。
デヴィッド・Jのヴォーカルが柔らかく響く、癒しの一曲。
3. Welcome Tomorrow
短く静かなインストゥルメンタルで、次の章への扉を開く“間”の役割を果たす。
このアルバムの構成力の高さを象徴する1分半。
4. No New Tale to Tell
本作を代表するシングルにして、Love and Rockets最大のヒット曲のひとつ。
「語るべき新しい物語はない」と歌いながら、すべての出来事はただ“繰り返される”という宇宙的な視点を提示する。
ギターは軽やかでポップだが、リリックは限りなく哲学的。
この二面性が、バンドの成熟を物語っている。
5. Here on Earth
タイトル通り、“地上での生活”に根差した穏やかなミディアム・ナンバー。
夢や理想ではなく、今ここにいることの重みと肯定を歌う、フォーク・サイケ的な精神性が息づく。
アナログ的な音作りも美しい。
6. Lazy
ヴォーカルを中心に据えたゆるやかなグルーヴが印象的な楽曲。
タイトル通り“怠惰”をテーマにしているが、そのトーンは皮肉ではなく、むしろ肯定的なスローライフのすすめにも聞こえる。
音と音の間の“空気”が美しく、ミニマルな中に豊かな質感がある。
7. A Private Future
前作『Seventh Dream of Teenage Heaven』に収録されていた楽曲のリメイク。
オリジナルよりもテンポが穏やかになり、よりメディテイティヴな内省の深みに向かうアレンジが施されている。
再録によって本作の世界観に完全に統合されており、単なる焼き直しにはとどまらない。
8. Everybody Wants to Go to Heaven
ひねりの効いた皮肉なタイトルに、Love and Rocketsらしい天上志向と地上的リアリズムの葛藤が表れる。
「誰もが天国に行きたがるけど、誰も死にたくない」といった逆説的真理が、ポップなギターに乗せてさらりと歌われる。
軽快だが奥深い、哲学ポップの好例。
9. Earth, Sun, Moon
アルバムのタイトル曲にして、スピリチュアルな中心核。
極限まで抑制されたアレンジの中に、輪廻的な時間感覚と自然への回帰が描かれる。
時間が止まったような錯覚を与える美しさで、このアルバムが“サイケデリック・フォークの黙示録”であることを決定づける。
10. Youth
再び日常の地平へ戻ってくるようなトラック。
“若さ”の刹那性と、そこに付随する憧れ・迷い・痛みを、観察者の目線で描いたメランコリックな小品。
ヴォーカルの距離感が絶妙。
11. Waiting for the Flood
ほの暗いイントロから、じわじわと高まりを見せるサイケ・バラード。
“洪水を待つ”という不穏なイメージに、破滅と浄化の両義性が込められている。
Love and Rocketsにおける“宗教性”が最も濃く出た一曲であり、アルバムの終盤をぐっと引き締める。
12. Rain Bird
ラストを飾るのは、10分を超える叙事詩的サウンドスケープ。
雷鳴のようなギター、深いリヴァーブ、ほとんど詠唱のようなヴォーカル。
この曲は**“雨をもたらす鳥”=希望と再生の寓意**を音によって描く。
最後には音が静かに溶けていき、聴き手を現実と夢の境界へと送り出すような美しい幕引き。
総評
『Earth, Sun, Moon』は、Love and Rocketsが都市の喧騒を離れ、よりパーソナルで有機的な精神世界へと歩を進めた作品である。
そのサウンドはアコースティックでありながら、決して“ナチュラル”ではなく、
むしろ精神性と哲学が丁寧に折り重ねられた“人工的な自然”のような音風景を形成している。
ポストパンクの鋭利さも、サイケの爆発力も封じたうえで、
それでもなおロックが“語りうるもの”の深度を信じているような音楽。
Love and Rocketsは、このアルバムでいよいよジャンルの外側で生きる存在となった。
おすすめアルバム(5枚)
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Mazzy Star – So Tonight That I Might See (1993)
アコースティックと夢幻が交差する、“静かなサイケ”の傑作。 -
Robyn Hitchcock – Eye (1990)
フォークと幻覚、イギリス的ユーモアが混じり合うソロ・サイケの良作。 -
Spiritualized – Lazer Guided Melodies (1992)
内省と宇宙、フォークとノイズが美しく溶け合うトリップ・サウンド。 -
Nick Drake – Pink Moon (1972)
静けさの中に宇宙的広がりを秘めた孤高のフォークアルバム。 -
David Sylvian – Secrets of the Beehive (1987)
同年発表の霊的かつ知的なポップの最高峰。『Earth, Sun, Moon』と呼応する沈静美。
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