発売日: 2023年9月22日
ジャンル: アコースティック・フュージョン、クラシカル・クロスオーバー、コンテンポラリー・インストゥルメンタル
概要
『Dragon in Harmony』は、ポーランド出身のギタリストMARCIN(マルチン)が2023年に発表したスタジオ・アルバムであり、クラシック・ギターと現代的なリズム表現を融合させたコンセプチュアルかつ革新的なインストゥルメンタル作品である。
MARCINは、若干十代でクラシックギターの国際的コンクールを制覇し、YouTubeやSNSを通じて瞬く間に世界の注目を集めた次世代のギター・ヴィルトゥオーゾ。
彼の演奏は、卓越したテクニックに裏打ちされた打楽器的アプローチと、ポップ/ロック、クラシック、フラメンコ、ジャズのエッセンスを融合させたハイブリッドなものである。
本作では、「ドラゴン=混沌」と「ハーモニー=調和」という相反する概念をテーマに掲げ、曲ごとに異なる情景とストーリーをギター一本で描き出す。
打楽器的奏法(パーカッシブ・スラップ)と旋律的美しさのコントラスト、エレクトロニックやストリングスとの融合など、ギター音楽の限界を押し広げる挑戦的な一枚である。
全曲レビュー
1. Prelude to Chaos
アルバムの扉を開く、スリリングなイントロダクション。
不穏なコードとスラップ奏法による不安定なリズムが、混沌の幕開けを告げる。
2. Dragon in Harmony
タイトル曲にして、アルバムの核となるコンセプチュアル・トラック。
複雑な拍子と流麗なメロディが交錯し、混沌(ドラゴン)と秩序(ハーモニー)がせめぎ合う。
圧巻のスピードと緻密なアレンジが光る。
3. Moonlight Fury
月夜に暴れ狂う龍を描いたような、ドラマチックな構成。
クラシックの叙情性と現代音楽的なアブストラクトさが共存している。
4. Whispering Steel
繊細なアルペジオと鋭いスラップが交互に現れる二面性の強い一曲。
まるで金属がささやくような質感のギターサウンドが印象的である。
5. Ashes & Echoes
物語の“焼け跡”を描くようなエレジー的楽曲。
ループ的に繰り返されるフレーズが“こだま”のように鳴り響き、余韻を残す。
6. Time Dancer
拍子が次々と変化する挑戦的なリズム構造を持つ。
踊るようなビート感と数学的なフレージングが、MARCINの技巧を象徴している。
7. Garden of Strings
やや穏やかなトーンで、アルバムの“休息点”となる楽曲。
多重録音されたギターによって構築された“音の庭園”は、聴く者を包み込むように広がる。
8. Harmonic Breath
ナチュラルハーモニクスを多用した、浮遊感あるアンビエント・トラック。
空間と間を意識した構成は、まさに“呼吸する音楽”と呼ぶにふさわしい。
9. Fire Waltz
フラメンコの影響を強く感じさせるリズミカルなワルツ。
火のように激しく揺れ動くテンポが、アルバム後半の躍動を演出する。
10. Lament of the Last Scale
ラストを飾るのは、哀切と浄化を併せ持つ内省的な楽曲。
タイトルが示すように、“最後の音階”への想いが込められており、感情のピークを迎えた後の静けさが心に染み入る。
総評
『Dragon in Harmony』は、MARCINというアーティストが“テクニックの天才”を超えて、“ストーリーテラー”としての次元に達したことを示す重要な作品である。
全編インストゥルメンタルでありながら、明確な物語性と情景描写が宿っており、各楽曲はまるでファンタジー小説の一章のように展開していく。
その中で、彼はギターという楽器の持つポテンシャルを最大限に引き出し、打楽器、ストリングス、空間音響、時には“語り”のような感触までを奏でてみせる。
アルバム全体を通して、“混沌と調和”“動と静”“破壊と創造”という対立構造が貫かれており、タイトル通りの世界観が見事に結実している。
現代のギター音楽における最先端を体感できると同時に、リスナーの内面に深く触れる“知的で感情的な旅”として、音楽ファンすべてにおすすめできる傑作である。
おすすめアルバム(5枚)
-
Rodrigo y Gabriela / 11:11
アコースティックギターによる打楽器的アプローチとメロディアスな構成が共通。 -
Kaki King / Legs to Make Us Longer
ギター表現の可能性を押し広げた革新者。MARCINの影響源の一つとも考えられる。 -
Tommy Emmanuel / Endless Road
フィンガースタイルの叙情性と技巧美の融合。音の“物語性”が通じる。 -
Andy McKee / Art of Motion
YouTube発ギターヒーローとしての先駆者。MARCINとの共鳴点も多い。 -
Ólafur Arnalds / re:member
クラシックとエレクトロニカの融合。MARCINの現代的アプローチと親和性あり。
コメント