発売日: 1991年1月29日
ジャンル: オルタナティブ・ダンス、インダストリアル・ロック、サンプル・ポップ
概要
『Doubt』は、イギリスのバンドJesus Jonesが1991年にリリースしたセカンド・アルバムであり、ロックとダンスの融合という命題を最も商業的かつ芸術的に成功させた作品として語り継がれている。
前作『Liquidizer』で提示した“テクノロジーを組み込んだロック”のスタイルをさらに洗練させ、ポップ性と知性、そして時代感覚を極限まで高めたアルバムである。
特に全米No.1ヒットを記録した「Right Here, Right Now」は、冷戦終結という歴史的瞬間をリアルタイムに切り取った象徴的ナンバーとして知られ、Jesus Jonesの名前を世界的に押し上げた。
アルバムタイトルの『Doubt(疑念)』が示すように、本作の主題は“信じたいものへの懐疑”であり、急激に変化する世界の中で個人がどう立つかというテーマを、エレクトロ・ロックのフォーマットで描き切っている。
全曲レビュー
1. Trust Me
アルバムの幕開けにして、緊張感と疾走感が交錯するロック・トラック。
「信じろ」という言葉が、反語的に響く構造で、アルバム全体の“疑念”というテーマを先取りしている。
ギターとサンプリングがぶつかり合い、アナログとデジタルの闘争を音で描いているようにも思える。
2. Who? Where? Why?
キャッチーなフレーズに乗せて、社会と個人の関係を問い直す一曲。
タイトルに並ぶ疑問詞そのままに、情報化社会の中で自分を見失う不安を表現している。
軽快なリズムと哲学的なリリックのギャップが、Jesus Jonesの特徴をよく表している。
3. International Bright Young Thing
全英チャートで最高7位を記録した大ヒット曲。
開放感のあるメロディと、グローバル時代の若者のアイデンティティを描くリリックが融合する。
トランス感のあるシンセとギターリフが交差し、ポジティブな高揚感を誘う名曲。
4. I’m Burning
タイトル通り、エネルギーが爆発するようなロック・チューン。
エレクトロとギターが火花を散らす中、繰り返される「燃えてるんだ」というフレーズが中毒的な印象を残す。
サビの解放感と切迫したビートが一体化し、ライブ映えも抜群な一曲である。
5. Right Here, Right Now
Jesus Jones最大のヒット曲にして、90年代オルタナティブ・ロックを代表する国際的アンセム。
ベルリンの壁崩壊や東欧革命など、時代のうねりの中で「今、ここで」生きている奇跡をポジティブに歌い上げる。
一見ストレートなポップソングだが、深い歴史意識を内包しており、ロックが時代と向き合う手段として最も成功した例のひとつとされる。
6. Nothing to Hold Me
内省的なテーマを持つ、ミディアムテンポのナンバー。
何かに縛られず、何にも守られない不安と自由が、穏やかだが芯のあるサウンドで描かれる。
Jesus Jonesの“知的ポップ”としての側面が際立つ楽曲。
7. Real, Real, Real
ビルボードTop10入りを果たしたもう一つの代表曲。
「本当のものはどこにある?」という問いを繰り返しながら、大量の情報と虚構の中で本質を探す姿を描いている。
アップビートなリズムと耳に残るサビで、ポップとしての完成度も非常に高い。
8. Welcome Back Victoria
皮肉とユーモアに満ちた風刺的ロック・ナンバー。
“ヴィクトリア女王時代”を象徴に用いながら、現代社会の復古主義や懐古主義に対する批判的視点を投げかける。
攻撃的なビートとバンドのエッジが全面に出た一曲。
9. Are You Satisfied?
繰り返される問いと、静と動のコントラストが印象的な楽曲。
満たされない感情と、答えのない問いかけがリスナーの内面にも響いてくる。
90年代初頭の若者の“幸福”をめぐる問いを、ビートとギターに乗せて音楽化している。
10. Two and Two
最も実験的で、インダストリアルに近い質感を持つトラック。
タイトルの“2と2”は、計算や論理の象徴として登場し、整然とした論理と感情のズレをテーマとして描いている。
断片的なビートとミニマルなリリックが不穏なムードを醸す。
11. Stripped
アルバムのクロージングを飾る穏やかで内省的な楽曲。
ここまでのスピードと高揚を一度解き放ち、剥き出しになった自分と向き合う時間を与えてくれるような余韻がある。
全編を通じて高密度なアルバムのラストとして、完璧な静寂と納得をもたらす。
総評
『Doubt』は、Jesus Jonesがポップ・ロックとデジタルサウンドの融合において最も完成された地点に到達した作品である。
『Liquidizer』で提示したサンプル・ポップの美学を、より洗練された構成と社会的意識で拡張し、単なる“ノリのいいオルタナ”に留まらない時代の記録としての力を持っている。
“疑念”というタイトルに込められた主題は、全曲に通底し、90年代を迎える世界のざわめき、情報過多、個人の不安、自由への渇望といったテーマが、鮮やかなポップスとして構築されている。
そして「Right Here, Right Now」に代表されるように、本作は希望とリアリズムの両立という、ロックが持ちうるメッセージ性の真骨頂を体現したアルバムでもある。
テクノロジーを武器にしながら、人間の声を忘れなかったJesus Jones。
そのピークに位置する『Doubt』は、**時代を超えて鳴り響く“賢さと熱さの結晶”**と言えるだろう。
おすすめアルバム(5枚)
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EMF – Schubert Dip (1991)
Jesus Jonesと同時代・同ジャンルの代表的グレボ・ダンス・ロック作品。 -
Pop Will Eat Itself – Cure for Sanity (1990)
サンプリングと政治性の融合。デジタル・ロックの進化形。 -
The Shamen – En-Tact (1990)
ダンスとサイケデリアの融合で、Jesus Jones的モダン感覚と共振する。 -
Carter USM – 30 Something (1991)
社会風刺とエレクトロ・ロックの掛け算。都市のリアルを描く詩的ロック。 -
Underworld – dubnobasswithmyheadman (1994)
より深くクラブミュージックと接続する方向へ進化した先の系譜。Jesus Jonesの影響が感じられる。
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