1. 歌詞の概要
「DNA.（ディー・エヌ・エー）」は、Kendrick Lamar（ケンドリック・ラマー）が2017年に発表したアルバム『DAMN.』の収録曲であり、そのタイトル通り“自分のDNA（血筋・本質）”に刻まれた誇り、怒り、精神、文化を壮絶なテンションで語る攻撃的な楽曲です。この曲は、単なる自己主張や自己肯定にとどまらず、「黒人としてのアイデンティティとは何か」という核心に踏み込み、自身の存在そのものを政治的・文化的に語り直すものとして機能しています。
「I got loyalty, got royalty inside my DNA（俺のDNAには忠誠心と王族の血が流れてる）」というラインに象徴されるように、この楽曲ではケンドリックが自らの存在とそのルーツを誇りと共に宣言します。それと同時に、「黒人であること」にまつわるステレオタイプや偏見を痛烈に批判し、過去と現在、個人と社会のあいだにある緊張をラップという表現で鋭く切り裂いていきます。
そのビートは荒々しく、ラップのフローは鋭く、言葉は重い。まさに、Kendrick Lamarという“現代の詩人”が、自らの血に刻まれた全てを吐き出したような一曲です。
2. 歌詞のバックグラウンド
「DNA.」は、ケンドリックとプロデューサーのMike WiLL Made-Itによって制作され、アルバム『DAMN.』の中でも特に即効性と衝撃力のある楽曲として知られています。アルバムのテーマである“運命（Damnation）”“自我”“信仰”を象徴するトラックであり、その中でもこの曲は“自分が何者か”という問いに対するケンドリックなりの答えを提示しています。
特筆すべきは、楽曲後半に挿入されるニュース風のナレーションです。これは実際に保守系メディアの司会者Geraldo Riveraが、過去に「ラップ音楽は黒人社会にとって害悪だ」と発言した音声を加工して引用しており、それを皮肉として曲中に盛り込むことで、「メディアが語る“黒人像”」と「自分自身のリアリティ」との断絶を浮き彫りにしています。
また、ライブ・パフォーマンスやMV（特にDon Cheadleとの共演が印象的な映像作品）では、ケンドリックが“尋問を受ける男”として描かれ、自分のDNA＝真実を暴力的にでも語らねばならないという構図が提示されます。これは現代アメリカにおける黒人男性の生きづらさを象徴する構成でもあり、音楽的にも視覚的にもきわめて強い社会的メッセージを放つ作品となっています。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に「DNA.」の印象的な歌詞を抜粋し、日本語訳を添えて紹介します。
I got loyalty, got royalty inside my DNA
俺のDNAには忠誠心と王族の血が流れている
Cocaine quarter piece, got war and peace inside my DNA
コカインの取引、戦争と平和、すべて俺のDNAに刻まれてる
I got power, poison, pain and joy inside my DNA
力も、毒も、痛みも、喜びも
全部、俺のDNAの中にある
I was born like this, since one like this
Immaculate conception
俺はこうして生まれた、生まれながらにして
まるで無垢の受胎のように
I transform like this, perform like this
Was Yeshua’s new weapon
俺はこうして変化し、こうしてステージに立つ
イエス・キリストの新たな武器のように
This that put the kids to bed
これは子どもに聞かせる話じゃない
（＝大人の世界の話だ）
Sex, money, murder—these are the breaks
セックス、金、殺人——それが“現実”ってやつさ
歌詞引用元: Genius – DNA.
4. 歌詞の考察
「DNA.」のリリックは、極めて高密度かつ詩的に構築されています。冒頭から繰り返される「I got loyalty, got royalty inside my DNA」というラインは、黒人としての歴史や誇り、そしてラッパーとしての使命感を言い切ることで、この曲の“宣言文”としての機能を果たしています。
中盤では「power, poison, pain and joy（力、毒、痛み、喜び）」というように、善悪の全てが“俺という人間の構成要素だ”と述べ、個人の存在が単純な善人・悪人では語れない多層的なものであることを強調しています。
さらに「Yeshua’s new weapon（イエスの新しい武器）」というラインは、自分を“神の使い”と位置づける非常に強い宗教的比喩であり、自らのラップが“神から授かった真実の武器”であるという自負が込められています。これは単なる自己賛美ではなく、「語ること」そのものが政治的・信仰的な行為であるというケンドリックの思想を体現したものです。
また、途中に挿入される保守メディアの声（Geraldo Riveraの音声）は、黒人ラップに対する批判的ステレオタイプを象徴しており、それをそのまま引用することで「お前らが何を言おうと、これが俺だ」と逆手にとったカウンターパンチとなっています。
全体として、「DNA.」は“人間とは何か”“黒人とは何か”“アーティストとは何か”という問いに対して、ケンドリックが自らの言葉で血肉を通じて答える作品です。まさに彼の芸術性と知性が結晶化された一曲といえるでしょう。
歌詞引用元: Genius – DNA.
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- The Blacker the Berry by Kendrick Lamar
黒人としての自己矛盾と怒りを正面から描いた、社会派ラップの真骨頂。 - m.A.A.d city by Kendrick Lamar
暴力と混乱のなかで生きる“コンプトンの現実”を描いた半自伝的楽曲。 - U Don’t Know by Jay-Z feat. M.O.P.
自らの成り上がりとその背景をストリートの文脈で高らかに語る、重厚な自己表現。 - Clothes Off!! by Gym Class Heroes（※スタイル的に異なるが、アイデンティティをテーマにしたポップな視点を探る上では対比的に興味深い）
6. “俺のDNAには全てがある”——ケンドリック・ラマーによる、アイデンティティの宣言
「DNA.」は、ケンドリック・ラマーが“自分の存在そのもの”を武器に変えた、音楽的・思想的なマニフェストです。そこには単なる自己賛美や“俺すげえ”のようなラップの慣習を超えた、血筋・文化・歴史を背負う人間の“存在の詩”が刻まれています。
この曲を通じて、ケンドリックは言います。「俺という人間は、善も悪も、美も醜も、全部ひっくるめて“俺”なんだ。それを否定するな、評価するな。ただ“見ろ”」と。そしてその言葉の強さ、リズムの鋭さ、視点の深さが、ヒップホップという表現を社会の最前線にまで押し上げました。
「DNA.」は、すべての人が自分のルーツと向き合うきっかけになり得る楽曲です。それは「俺の話」ではなく、「君の中にもある話」なのです。Kendrick Lamarは、このトラックで、自分という存在の全てを音にし、私たちにこう問いかけてきます——
「お前のDNAには、何が刻まれている？」
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