発売日: 2016年4月8日
ジャンル: サイケデリック・ロック、ドリーム・ポップ、ガレージ・ロック、ローファイ
概要
『Distortland』は、The Dandy Warholsが2016年にリリースした9作目のスタジオ・アルバムであり、原点回帰と進化の狭間で生まれた“ローファイ・ドリーム”のような作品である。
タイトルが示す通り、“Distortion（歪み）”と“Land（世界）”を組み合わせた造語であり、現代社会の曖昧さ、幻覚性、ノイズ的現実の中で生きる人々の感覚を音で捉えたアルバムである。
かつてのようなサイケデリックな陶酔感や、オルタナティブ・ロックのダイナミズムは後退しているが、その代わりに浮かび上がるのはひび割れた夢、淡い輪郭、そしてメランコリーな温度感である。
プロデュースには、Courtney Taylor-TaylorとJim Loweが関与。レコーディングはアナログ機材とデジタル処理の両方を駆使し、ノスタルジーと未来感覚を融合させた独特のサウンドスケープが構築された。
バンドとしては約4年ぶりのアルバムであり、活動歴20年を超えてもなお、ポップと実験の間を漂い続ける姿勢を崩さない彼らの現在地を示した一枚となっている。
全曲レビュー
1. Search Party
シンプルなドラムと空間系ギターが印象的なオープニング。
“捜索隊”というタイトルが示すように、迷失した何かを探す旅の始まり。
2. Semper Fidelis
ラテン語で「常に忠実であれ」。
反復するギター・フレーズと脱力ボーカルが、アイロニカルな忠誠のイメージを描く。
3. Pope Reverend Jim
実在のカルト指導者ジム・ジョーンズを想起させるタイトル。
宗教性、狂気、支配といったテーマを滲ませるローファイ・サイケチューン。
4. Catcher in the Rye
サリンジャーの名作にちなんだタイトルで、青春の疎外感と孤独がにじむナンバー。
ミニマルで静謐なメロディが印象的。
5. STYGGO
本作を代表するシングル曲で、“Some Things You Gotta Get Over”の頭文字。
グラム・ロック調のグルーヴとファルセットが織りなす、軽妙だが切ないダンスチューン。
6. Give
内省的なアコースティック・トラック。
“与える”ことへの戸惑いと願いを、ささやき声で静かに綴る。
7. You Are Killing Me
シンプルなガレージ・ポップに、鬱屈とした感情が込められた一曲。
“君は僕を殺している”という直截な表現が、逆に純粋な感情を想起させる。
8. All the Girls in London
キャッチーなリズムと中毒性のあるフレーズが光る、軽快なトラック。
“ロンドンのすべての女の子”というファンタジーに対する醒めたまなざしが垣間見える。
9. Doves
アシッド・フォークのような質感。
“鳩”というモチーフが象徴する平和や愛が、どこか壊れやすく描かれている。
10. The Grow Up Song
1分にも満たない短さの中に、“大人になる”というテーマを圧縮。
皮肉とも真剣とも取れる語りが、本作全体のトーンを凝縮している。
総評
『Distortland』は、The Dandy Warholsが過去の幻影と現在の不確かさのあいだに身を置きながら、“音楽という揺らぐ風景”を描いたような作品である。
歪み、かすれ、脱力、そして淡いメロディ。
そのすべてが計算されているようでいて、どこか“音に任せている”ような感覚がある。
それは、20年以上のキャリアを経たバンドだからこそ出せる余裕と、音楽そのものに対する謙虚な姿勢の現れなのかもしれない。
本作では特に“空白”と“無表情”が美学として機能しており、強い主張をせずとも心に残る、不思議な余韻を残す。
激しさや挑発を求めるリスナーには物足りないかもしれないが、現代における都市的孤独や曖昧な共感のかたちを、これほど静かに提示できるバンドは他にいない。
The Dandy Warholsは、『Distortland』において、“歪んだ世界”に優しく響く、小さなサウンドトラックを提示したのである。
おすすめアルバム
- The Jesus and Mary Chain / Stoned & Dethroned
ノイジーさとアコースティックの融合。『Distortland』の静的美学に通じる。 - Mazzy Star / Among My Swan
ドリーミーで陰影のあるサウンドが、本作の内省性と呼応。 - Beck / Sea Change
淡々とした語り口と深い感情を内包するローファイ・フォークの金字塔。 - Kurt Vile / b’lieve I’m goin down…
脱力感と漂うようなメロディが、似た空気感を持つ。 - Tame Impala / Lonerism
モダン・サイケの系譜として、異なるアプローチながら同じ宇宙を見ている。
ビジュアルとアートワーク
『Distortland』のジャケットは、アナログ的処理が施されたバンドのポートレートに“歪み”の加工が加えられたもの。
明瞭であるはずの顔が、どこかボヤけて見えるそのデザインは、本作の音楽的テーマである“知覚のズレ”や“現実の揺らぎ”を視覚的に象徴している。
また、“都市”や“デジタル時代”の無機質さを逆手に取り、アナログ回帰の中に“人間の不安定さ”をにじませるという意味でも、The Dandy Warholsのセンスは健在である。
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