発売日: 1985年11月4日
ジャンル: パンク・ロック、ニュー・ウェイヴ、シンセ・ロック
概要
『Cut the Crap』は、The Clashが1985年にリリースした6枚目にして最後のスタジオ・アルバムである。
しかし、この作品は**“The Clashの名を冠してはいるが、実質的には別のバンドの音楽”**として語られることが多い。
というのも、オリジナル・メンバーのMick JonesとTopper Headonが脱退し、残ったJoe StrummerとマネージャーのBernie Rhodesが主導して制作された本作は、音楽的にも精神的にも初期ClashのDNAから大きく乖離していた。
シンセサイザーとプリセットドラム、過剰なコーラスやサンプリングが多用されたプロダクションは、1980年代のニュー・ウェイヴやポップ・ロックの文法に接近しており、反骨とDIY精神を象徴したバンドの原像とはかけ離れたものとなっている。
そのため、ファンや批評家からの評価は長らく低く、The Clashの正史における“黒歴史”のように扱われてきた。
とはいえ、Joe Strummerが抱えた当時の混乱、怒り、焦燥感がアルバム全体を覆っており、そこには確かに**“崩壊する時代の中で叫び続けようとした男の声”**が刻まれている。
全曲レビュー
1. Dictator
アジア風スケールのギターとシンセが混ざる不穏なイントロ。
“独裁者”に向けた怒りのメッセージが詰まっているが、サウンドはチープな打ち込みが目立ち、熱量が削がれる印象。
Strummerのヴォーカルは荒々しく、むしろ本音が滲む。
2. Dirty Punk
ミニマルで直球なタイトルが象徴する通り、パンクの原点回帰を意図した1曲。
だが、シンセ・コーラスやリズム処理の違和感が、かえって本物らしさを曇らせている。
不格好なほどの“回帰願望”が逆に痛々しい。
3. We Are the Clash
自己言及的なナンバーで、“The Clashはまだここにいる”と宣言するような内容。
しかし、楽曲自体はオリジナルメンバーの不在を露呈するような空疎さがあり、タイトルの言葉が逆説的に響いてしまう。
かつての“バンドの団結”が失われた証のようでもある。
4. Are You Red…Y
Cold War時代の緊張を想起させるタイトルとサンプリングが印象的。
メロディは希薄だが、Strummerの怒りと諦念が入り混じった語り口が、社会の不安とリンクする。
ミリタリーなビートが無機質で、むしろ現代的に聴こえる部分も。
5. Cool Under Heat
アルバム中では比較的メロディアスな楽曲で、低音で抑制されたStrummerの歌が異質に響く。
“熱の中でも冷静でいろ”というテーマが、Strummerの当時の精神状態を反映しているかのようだ。
シンセがややうるさいが、内省的な空気感は評価できる。
6. Movers and Shakers
社会的権力者や大衆の心理を皮肉る楽曲。
タイトル通り“世界を動かす人々”と、それに翻弄される群衆の関係性が暗示される。
ただしサウンド面では平坦で、印象に残りにくい。
7. This Is England
本作の中で最も完成度が高く、唯一シングルカットされた代表曲。
Thatcher政権下の荒廃したイギリス社会への失望を、メランコリックなメロディと淡々とした語りで綴る。
シンセベースとコーラスがうるさくとも、Strummerのヴォーカルには真実味があり、The Clash後期の最高傑作と評されることもある。
8. Three Card Trick
詐欺や偽りをテーマにした皮肉に満ちた楽曲。
構成はやや雑で、後半に進むにつれて散漫な印象。
だが、Strummerの苛立ちと虚無感が生々しい。
9. Play to Win
“勝ち組”社会への皮肉を込めたアップテンポなナンバー。
勝ち負けにこだわる社会の無意味さを叫ぶが、皮肉にも音が商業的に聴こえてしまう。
10. Fingerpoppin’
陽気なタイトルとは裏腹に、混乱した構成と機械的なビートが特徴。
“何かを盛り上げようとしているが、空回りしている”ような印象を残す。
11. North and South
南北問題、階級格差などを背景にした政治的メッセージが込められた一曲。
曲構成は平坦だが、社会派アーティストとしての意識はしっかり残っている。
12. Life Is Wild
アルバムの締めくくりにして、半ば投げやりなようなエネルギーに満ちた楽曲。
人生の無常をかき鳴らすようなギターと、Strummerの不安定な歌唱が、最期の叫びとして響く。
総評
『Cut the Crap』は、“バンドとしてのThe Clash”の終焉を記録した悲痛なドキュメントである。
メンバーの脱退、内部対立、商業的プレッシャー、時代の変化――すべてが混沌としたまま、Joe StrummerひとりがThe Clashの名を背負って歩き続けようとしたその姿が、音の至る所に滲み出ている。
プロダクションは時代遅れになりつつあった打ち込み全開で、バンドの一体感は皆無。
しかしその中にも、「This Is England」のように、Joe Strummerという一人の人間の誠実な声と怒りだけが剥き出しになった瞬間がある。
“クラッシュらしくない”という批判は当然だが、それでもこの作品が描いているのは、理想と現実の狭間でもがく人間の姿である。
それは失敗作でありながら、痛々しくもリアルな“終章”なのだ。
おすすめアルバム（5枚）
- 『Combat Rock』 / The Clash（1982）
本作の3年前。まだバンドとしてのバランスが取れていた時代の最後の名作。 - 『Earthquake Weather』 / Joe Strummer（1989）
Strummerソロ1作目。本作での鬱屈がより内面化された内容。 - 『London Calling』 / The Clash（1979）
本作との落差を実感するための、原点にして金字塔。 - 『Sandinista!』 / The Clash（1980）
自由奔放な実験性と政治性の極致。本作の反転の始まり。 - 『Streetcore』 / Joe Strummer & the Mescaleros（2003）
Strummerの死後に発表された完成度の高い作品。希望の回復と再生がテーマ。
ビジュアルとアートワーク
ジャケットには、赤と黒を基調にした暴動のような風景が描かれており、“怒りと混沌”というテーマが視覚化されている。
だがその荒々しさは、音楽の精度とは裏腹に、どこか空虚で即席的。
それでもなお、何かを伝えようとする意志だけは、最後まで残っている。
『Cut the Crap』――
その名の通り、“くだらないものをぶち壊せ”という想いだけは、本物だったのかもしれない。
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