発売日: 2022年5月27日
ジャンル: カントリーロック、オルタナカントリー、アメリカーナ
“アメリカ”という傷をめぐって——Wilcoが見つめ直すルーツと現在地
Cruel Countryは、Wilcoが初めて公然と“カントリー・アルバム”であると宣言した作品である。
アメリカーナ、オルタナティヴ・ロック、実験音楽とジャンルを越えてきた彼らが、2022年にこのタイトルを冠した時、それは単なる音楽スタイルの話ではなかった。
「クルーエル=残酷」な「カントリー=国/音楽」。
その二重の意味が示すように、このアルバムはアメリカという国とその矛盾、喪失、希望を見つめ直す試みであり、同時にWilco自身のルーツと向き合う誠実な告白でもある。
録音はバンドメンバーが一堂に会し、基本的にライブ録音に近い形で行われた。
そのため音像はナチュラルで、生々しい。
アコースティック・ギター、ペダルスティール、ピアノ、ドラムス——そのすべてが「語り」の延長のように鳴り、ジェフ・トゥイーディの低く抑えた声が、時に訥々と、時に淡々と、時代と自己を語り始める。
2枚組・全21曲というボリュームにもかかわらず、アルバムは終始静けさと緊張感に包まれており、聴く者にじわじわと問いを投げかけてくる。
全曲レビュー(抜粋)
1. I Am My Mother
不穏なリズムとフォーク調のメロディで始まる、自己と家族の継承にまつわる内省的な曲。
国家の“母性”を皮肉るようにも聞こえる。
2. Cruel Country
タイトル曲にして、本作の主題を語る最重要曲。
「この国が傷つけたものを、僕たちは見て見ぬふりをしてきた」と語るようなリリックが胸に迫る。
3. Hints
シンプルなギターアルペジオと淡々とした歌唱。
直接的なメッセージではなく、“ほのめかし”で語るWilco流の政治性がにじむ。
5. Tired of Taking It Out on You
静かな怒りと疲弊が、優しいメロディに包まれて響く。
関係性の中にある破壊的な衝動と、それをどう扱うかを模索する。
9. Ambulance
まるで夢うつつの中で歌われているような、囁き声とピアノによる幽玄な一曲。
現代の不安と希望の境界に立つような感触。
12. Many Worlds
9分近くに及ぶ長尺曲で、ミニマルなピアノとギターがゆっくりと空間を漂う。
「多くの世界(可能性)」という言葉が、喪失と再生の両義性を孕む。
18. The Plains
カントリーというよりは詩の朗読に近い構成。
アメリカの地形を語ることが、そのまま人間の孤独を描くことにつながっている。
総評
Cruel Countryは、Wilcoというバンドが長年かけて築いてきた音楽的・精神的地層を、静かに掘り返していくようなアルバムである。
それは「アメリカ」という場所と時間、そこに暮らす人々の歴史と傷を見つめる行為であり、ジェフ・トゥイーディ個人の内面と、国全体の問題が奇跡的に交差する瞬間でもある。
この作品においてWilcoは、「語る」ことよりも「聴かせる」ことを選び、装飾よりも素朴な記録性を重んじている。
その結果、Cruel Countryは、現代のアメリカ音楽の中でも特異な静けさと強度を持つ、“生きたドキュメント”として存在している。
これは、単なるジャンル的な「カントリー」ではない。
自己と他者、国家と個人、過去と未来のすべてが“今ここ”で響く——そんな音楽である。
おすすめアルバム
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Red Dirt Girl by Emmylou Harris
——アメリカーナと個人の記憶が交差する、語りと歌の名作。 -
The River by Bruce Springsteen
——アメリカという夢と現実の狭間を描いた、労働者階級の叙事詩。 -
Goodbye to the Valley by Hiss Golden Messenger
——信仰、喪失、再生を描くオルタナ・フォークの秀作。 -
Prairie Wind by Neil Young
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Western Stars by Bruce Springsteen
——カントリーの形式美を借りて、自我と神話を再構成した傑作。
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