はじめに
Crocodiles(クロコダイルズ)は、2000年代後半にカリフォルニアから登場したノイズポップ/ガレージロックバンドであり、そのサウンドにはThe Jesus and Mary Chainの亡霊と、アメリカン・サイケデリアの幻影が交錯している。
反復するギターの轟音、甘く気怠いメロディ、そして退廃と享楽がにじむリリック。
それらが混ざり合うことで、Crocodilesの音楽は“眩しさのなかに暗さを孕む”独特の浮遊感を生んでいる。
バンドの背景と歴史
Crocodilesは2008年、チャールズ・ロウ(Charles Rowell)とブランドン・ウェルチ(Brandon Welchez)によってサンディエゴで結成された。
2人はもともとThe Plot to Blow Up the Eiffel Towerというポストハードコアバンドに所属しており、その破壊的なエネルギーとアート志向はCrocodilesにも受け継がれている。
2009年、1stアルバム『Summer of Hate』をリリース。
荒削りなノイズとシューゲイザー的ギター、60年代ガレージの影響が融合したその音は、The Jesus and Mary Chainの再来とも称され、Pitchforkなどのメディアから注目を集めた。
以降もコンスタントに作品を発表し、作品ごとにサイケデリック、グラム、ドリームポップなどを縦横無尽に取り込みながら、Crocodiles独自の退廃美を深化させている。
音楽スタイルと影響
Crocodilesの音楽は、ノイズポップ、シューゲイザー、ガレージロック、ドリームポップ、ネオ・サイケといったジャンルの交点にある。
フィードバックを多用したギターの壁と、エコーがかかったヴォーカル。
甘くも荒々しいメロディラインは、明るいのにどこか虚無的で、その矛盾こそが彼らの魅力である。
影響源としては、The Jesus and Mary Chain、Velvet Underground、Spacemen 3、Suicide、Echo & the Bunnymen、さらには初期のPrimal Screamなど。
そのすべてが、退廃的で官能的なサウンドの構成要素となっている。
代表曲の解説
I Wanna Kill
デビュー作『Summer of Hate』の代表曲にして、彼らの原点ともいえる暴力的ラブソング。
タイトルのショッキングさとは裏腹に、サウンドはドリーミーで切なく、ギターのフィードバックと反復が恍惚感を生む。
衝動と陶酔、そのどちらもを描き出すCrocodilesらしい逸曲。
Endless Flowers
2ndアルバム『Endless Flowers』のタイトル曲。
前作よりもポップでメロディアスな作風となっており、60年代のサイケポップと現代インディーの美学が融合したようなサウンド。
「果てしない花」というタイトルの通り、甘美な幻覚に包まれるような心地よさがある。
Teardrop Guitar
2013年の『Crimes of Passion』より。
The RaveonettesやBlack Rebel Motorcycle Clubにも通じる、リヴァービーでエロティックなサウンド。
ギターのリフが涙のように降り注ぎ、憂いを帯びたメロディと交差する。
アルバムごとの進化
Summer of Hate(2009)
荒々しく、ノイジーで、カルト的な魅力を放つデビュー作。
ガレージ、シューゲイザー、インダストリアルのエッセンスを無秩序にぶち込んだ、反抗と熱狂の記録。
Sleep Forever(2010)
プロデューサーにJames Ford(Simian Mobile Disco)を迎え、音の密度と洗練度が上昇。
サイケデリックなギターと、ゴスペル的コーラスが導入され、よりスケールの大きなサウンドへと進化。
Endless Flowers(2012)
より明るくメロディックなポップネスが前面に出た一枚。
サイケポップの色合いが強くなり、“ノイズの中の陽光”のような作風が光る。
ローファイな快楽主義と、美しいメロディのバランスが秀逸。
Crimes of Passion(2013)
女性コーラスやグラム的要素も加わり、退廃的で官能的なアルバム。
“恋と堕落”の物語を、ざらついたギターと甘い旋律で綴っている。
Crocodiles流の“愛のレクイエム”。
Dreamless(2016)
よりダークでエレクトロニックなサウンドにシフト。
ノイズを削ぎ落とし、陰影あるアレンジと内省的な詞世界が広がる。
夢を見ないまま目覚めてしまったような、冷めた美しさを持つ作品。
影響を受けたアーティストと音楽
The Jesus and Mary Chainを筆頭に、Suicide、Spacemen 3、Velvet Undergroundといった、サイケデリックな反復と退廃を持つアーティストたちの影響は明白。
また、Sex Pistolsのようなパンクの態度や、The Stooges的な衝動性も根底に流れている。
音楽的なルーツは1970年代〜80年代だが、その再解釈の仕方が現代的で、どこかポップアートのようなニュアンスもある。
影響を与えたアーティストと音楽
Crocodilesは、2000年代後半のノイズポップ/シューゲイザー・リバイバルの波に乗って登場し、Vivian Girls、A Place to Bury Strangers、The Raveonettes、DIIVといったアーティストと共振していた。
また、彼らの“退廃とユーフォリアの同居”というスタイルは、後のポストパンクリバイバルやニューロマンティック・インディーシーンにも少なからぬ影響を与えている。
オリジナル要素
Crocodilesの真の独自性は、“眩しさと虚無感のあいだ”に音楽を配置している点にある。
恋、暴力、幻覚、祈り、そして諦め。
それらすべてをギターのフィードバックと甘いメロディで包み込み、リスナーに“美しく堕ちる”体験を与えてくれる。
彼らの楽曲にはいつも、輝くようでどこか壊れそうな感覚が漂っている。
まとめ
Crocodilesは、ノイズとサイケ、享楽と虚無を自在に操る、現代の“退廃派ロックンロール”である。
甘美なのに不穏、キャッチーなのに毒がある。
その音楽は、まるで日差しの強いカリフォルニアの海辺で、壊れかけたラジカセから流れてくる幻のようだ。
彼らの鳴らすフィードバックは、単なるノイズではない。
それは、現実から逃げるための、美しい錯乱なのかもしれない。
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